◎睡眠障害
◎不眠症について
今日では多くの人々がストレス社会の中で生活しているために不眠に悩まされることが少なくありません。睡眠が十分にとれなかった朝はとても不快な思いをし、その日は一日中、身体がだるく感じられます。不眠は精神神経科外来で最も多く訴えられる症状の一つです。しかし睡眠時間は通常年齢とともに減少し、成人では7〜8時間で、老年期になると6〜6.5時間くらいになります。従って睡眠は加齢に伴い生理的に減少するものですから、必ずしも睡眠時間が少ないことで、病的な不眠ととりちがえないように注意する必要があります。不眠は身体疾患や精神疾患がなくても日常多い症状として知られています。
一口に不眠といってもいろいろなタイプがあります。大きく分けると、「入眠障害」か「熟眠障害」、あるいは「途中覚醒」か「早朝覚醒」があります。「入眠障害」のタイプは眠るまでに1時間以上かかる場合をいいます。不眠症で最も多い症状です。「今夜も眠れないのではないか」と心配してしまうような恐怖症やノイローゼの人に多いようです。カフェインを含む飲物や喫煙も入眠障害の原因となりやすいため避ける必要があります。「熟眠障害」のタイプは睡眠時間の割には満足感が得られず、起きた時に睡眠不足を訴えます。悪夢を見ることが多いといわれています。アルコールを常用する人に多いようですが飲酒量が増すに従い睡眠を妨げることがあるため、節酒あるいは禁酒することが必要です。「途中覚醒」のタイプは夜中に何度も目が覚め、その後は朝まで眠れない場合をいいます。このタイプは大きないびきをかく人に多いといわれます。「早朝覚醒」のタイプは朝早く目が覚め、その後は眠れない場合です。うつ病に伴う不眠がこのタイプであることが多く、眠りも浅く目が覚めた時、何となくゆううつであると感じることがあります。しかし、症例によってはいくつかのタイプ をあわせもつ場合があります。
不眠にはいろいろな原因があります。精神的な要因として心配事、ストレス、ショックなど。生活のリズムの乱れとして夜ふかし、交代勤務、残業、育児などがあります。覚醒作用のある嗜好品としては、コーヒー、紅茶、タバコ、アルコールなどがあり、これらを制限する必要があります。睡眠環境として、寝室の明るさ、騒音、温度、湿度、快適な寝具などに注意する必要があります。身体的な要因としては、睡眠を妨げるような身体の病気、呼吸障害や夜間頻尿、痛み、皮膚のかゆみ、咳などによることがあります。服用中の薬としてはステロイド剤、アミノフィリン(気管支拡張剤)、エフェドリン(交感神経刺激薬)などの副作用で不眠が起こってくることもあります。
一時的なストレスや環境の変化による不眠は、そのうちに眠れるようになりますのでほうっておいても心配はありません。眠っていないと思い込んでいるだけで意外とどこかで眠っているものです。不眠が原因で死ぬことはまずありません。どうしても眠れない日が続くようであれば、その状態に応じていろいろな種類の睡眠薬がありますので早めに専門医に相談して下さい。
◎不眠症の治療について
不眠症の患者さんたちは精神科以外にも、内科、耳鼻科、泌尿器か、産婦人科、眼科、整形外科などの一般診療科から睡眠薬の処方を受けることが日常よくあります。しかし、個々の不眠のタイプに見合った薬が出されているとは必ずしも保証されません。不眠のため新たな医師の診察を受けるときには、今まで受けていた薬を調べてもらい、薬の適応や副作用あるいは服用方法についてよく説明をしてもらってから処方を受けることが大切です。
「副作用があるから」とか「体に悪い薬である」とか「のみはじめると止められなくなるのでは」といった考えを持っておられる方が少なくありません。アルコールとの併用や睡眠薬の濫用により副作用が出現することが多いようです。また、自分自身の判断で睡眠薬を中断してしまうことにも危険が伴います。しかし、現在の睡眠薬の中心となっているベンゾジアゼピン系という睡眠薬は医師の指示通りにのんでいれば、症状の改善とともに徐々に減量していき中止できるようになります。きめ細かな配慮と指導が必要となってきますので自己判断せず専門医にゆだねることが大切です。
睡眠薬の選択についてはどれでもよいということは決してありません。不眠のタイプによってどの睡眠薬を使用するかを検討する必要があります。たとえば、入眠障害のタイプには超短時間作用型や短時間作用型といった睡眠導入剤が適応となります。熟眠障害や途中覚醒のタイプには短時間作用型か中間型の睡眠導入剤が使用されます。また、早朝覚醒のタイプには短時間作用型あるいは中間型の睡眠導入剤を用いますが、このタイプは高齢者に多く、肝臓での代謝の機能が低下している可能性が高いため成人量の1/2から投与を開始するなどの注意が必要となります。いずれも服用後、少なくとも30分以内には入床するほうが効果的です。
副作用として翌朝に眠気やふらつきが残ることや、夜中にトイレに起きたときにふらついて転んだりすることがあります.
睡眠薬以外には、光療法、漢方薬、ビタミンB12、自律訓練法などが効果的です。しかし、身体的な治療のみならず、精神療法やカウンセリングを受けながら心理的な要因を取り除くよう試みたり、生活習慣の改善や環境調整していくことも大切です。
また、良い睡眠をとるために、日常生活において以下のことについて注意することが必要です。
@努力して眠ろうとあせらないこと。
A雑誌を読んだり、音楽を聞いたり、リラックスした時間をすごすなどの心の休養を心がける。
B眠くなってから床に入る。
C日中の昼寝や居眠りはなるべくしない。
D規則正しい生活習慣を身につけ、入床時刻と起床時刻を一定にする。
E暗くなったら仕事をやめ、帰宅して夕食を取り、リラックスし、余裕を持った生活を心がける。
F食前酒程度の少量のアルコールはよいが睡眠薬代わりの酒はやめる。
G寝る前の水分摂取はひかえる。
H寝る前のコーヒーや紅茶やタバコはひかえる。
I散歩など適度な運動や入浴によりストレス解消に心がける。
J空腹で眠れないときは、ミルクなどの消化の良いものにする。
K睡眠環境(音、光、温度、湿度)のチェックや快適な寝具を用意する。
◎睡眠・覚醒リズム障害
睡眠障害というと不眠症と起きているべき時に眠り込んでしまう過眠症が一般にはよく知られています。しかし、その両者が複雑に重なり合い睡眠の時間帯がずれるために正常な睡眠パターンが確保できないタイプの睡眠障害があります。つまり、人のからだには、昼夜の環境の変化に適応するために、生体時計なるものが存在していて、生体のリズムを保ちながら全身の生理機能を調節しているといえます。生体時計にずれが生じると、睡眠・覚醒リズムがくずれ、日中でも眠気を感じたり、心身の不調を感じることがよくあります。このような状態を概日リズム睡眠障害(睡眠・覚醒リズム障害)といいます。これには、たとえば海外へ旅行や出張した際に起こる時差ボケや、交代性勤務者などに生じる一過性の障害があります。さらに、半年以上の長期にわたり睡眠の時間帯が遅くなる、あるいは早くなるという睡眠障害が持続して、社会生活に支障をきたすようなタイプがあります。
睡眠の時間帯が遅れるタイプは発生頻度が高く、思春期から若年成人に多く、夜間の入眠が困難で、いつも夜中を過ぎてから、あるいは朝方にならないと眠れないことがあります。そして朝には覚醒することが困難となり、正午まで眠りこんだり、時には夕方まで眠りこんでしまうこともあります。いわゆる「夜更かし、朝寝坊」の特徴があります。そのために、遅刻、欠勤や不登校、あるいは昼間の学校生活や会社づとめが出来ないことなどが問題となります。その状態が長期化すると、自信喪失、抑うつや引きこもり状態につながることがあります。また、不定愁訴や自律神経症状が現れることも少なくありません。従って、うつ病や、職場不適応、登校拒否との鑑別が必要になってきます。
睡眠の時間帯が早くなるタイプは発生頻度は低く、高齢者に多くみられ、夕方ないしは夜の早いうちに耐えがたい眠気が生じて床に入って眠りこんでしまうため、深夜から早朝に目覚めてしまう、いわゆる「早寝、早起き」の特徴があります。従って、日中の仕事や活動には明かな支障はみられませんが、夜間における社会的な生活を他者と協調して行えないという問題が生じてきます。しばしば、うつ症状を示すことがあるため鑑別が必要です。高齢者ではこのような生体リズムの弱まりのために、睡眠時間が短くなり、早朝覚醒が出現しているとも考えられます。
その他に非24時間型睡眠・覚醒障害とよばれるものがあります。これはヒトは生来的に約25時間を周期とする生体時計を持っていますが、昼夜の変化や時刻に合わせて24時間の周期として生活しています。生体時計にズレが生じると生体リズムの周期が約25〜26時間になり、夜間に睡眠をとる時期と昼間に睡眠をとる時期とが2〜3週間の間隔で交代し、患者の社会生活に大きな支障をきたすようになります。
日常生活の中での克服法としては、夜間の睡眠と日中の覚醒の生体リズムのずれを意識的に調整することにより補うことです。例えば、散歩しながら日光に浴びる、適度な運動をする、毎日、入床、起床時刻を一定にする、規則的な睡眠スケジュールを守るなどの方法があります。また、治療的には時間療法、高照度光療法、ビタミンB12、メラトニンというホルモン療法や睡眠薬の使用などの方法があります。
◎睡眠・覚醒リズム障害の治療法
睡眠時間は保たれていても睡眠の時間帯がずれるような睡眠障害の場合には睡眠薬単独ではあまりよい効果は得られません。むしろ睡眠・覚醒のリズムの時間帯を調節する治療法が用いられています。時間療法、高照度光療法、ビタミンB12、メラトニンというホルモン療法や睡眠薬などがあります。これらの併用で効果が増すことも知られています。若年者ほど治療予後がよいことから早期治療が望まれます。
時間療法は睡眠の時間帯が遅れるタイプでは、入眠時刻を一日3時間ほど遅らせていくといった方法をとります。数日後に入眠時刻が通常人と同じ22〜24時頃に移動してきたら、その翌日から規則的に朝早く起こしてもらうことにより遅れた睡眠時間帯を再調整していきます。
睡眠の時間帯が早くなるタイプの治療は二日間に3時間ずつ入眠時間を早くさせる時間療法で1〜2週後に23〜6時の睡眠へと移動できたという報告やイミプラミンという抗うつ薬によって21時半〜4時頃までの睡眠に移動できたという報告があります。しかし睡眠の時間帯が遅くなるタイプに比較して社会生活において重大な支障はきたさないため治療の対象となることは少ないようです。
高照度光療法は季節性のうつ病や難治性のうつ病に対して症状の著しい改善や予防効果が得られることがわかっております。約2500ルクスの蛍光管による光照射を早朝に2時間位、1〜2週間与えることにより副作用も少なく効果があるといわれています。光照射はメラトニン分泌を速やかに抑制し、生体リズムをととのえることから、この光療法が睡眠・覚醒リズム障害の治療にも応用されています。
米国の研究によると睡眠の時間帯が遅れるタイプの患者に朝2時間の光療法を実施し、夕方4時から日没まではサングラスを使用させ、その後の夜間も低照度下で過ごさせたところ、午前中の眠気の改善と体温リズムの時間帯の前進が認められています。
また、薬物療法としては、ビタミンB12を一日量として1.5〜3mgを服用することにより不登校や盲児の睡眠・覚醒障害に効果があることが知られています。また、これらに光療法を併用するとさらに治療効果が高くなることがわかっております。また、ビタミンB12とトリアゾラムという睡眠導入剤の併用により効果があるという報告もみられます。
メラトニンによる薬物療法は夕方から就寝前に投与することにより睡眠・覚醒リズム障害や不眠を示す患者にも有効であることが知られています。一般にヒトの体から分泌されるメラトニンは暗くなるに従い、分泌が増え、夜の12時〜1時にピークを迎えます。体温はそれと反比例して下がり、睡眠に入りやすくなります。ヒトの本来の生体時計の周期は約25時間ですが、太陽の光やメラトニンの働きで、24時間の周期に合わせて生活しています。メラトニン療法は自然な眠りに近い睡眠を得ることができるといわれています。
睡眠薬は睡眠の時間帯が遅れるタイプでは普段の入眠時刻を少しずつ早めることを目的として服薬時刻も少しずつ早めていきます。睡眠薬は単独で用いて効果がみられることもありますが、他の時間療法、高照度光療法、ビタミンB12、メラトニンやクロナゼパムなどとの組み合わせて行うとより効果があることがわかっております。これらの治療方法は生体リズムの周期が25〜26時間にずれるような非24時間型睡眠・覚醒障害にも有効であるといわれています。
また、コーヒーや紅茶に含まれるカフェインやタバコ、鎮痛剤や降圧剤などはメラトニン分泌を抑える作用があるため寝る前にとるのは避けるべきです。昼間は太陽の下で活動し、暗くなったら眠るという生活をし、自然のリズムに近い生活習慣を心がけることが大切です。いずれにしても特殊な治療や配慮が必要となってきますので専門医に相談される必要があります。