甲子園競輪場


古いファンなら知っているあの悪名高き「鳴尾事件」で知られる甲子園競輪である。甲子園競輪はその昔「鳴尾競輪」という名だった。「鳴尾事件」とは文献によると以下のようである。昭和25年9月に行われたレースで、ある本命選手のクランクピンがはずれ、競走を中止した。レースは続行されたものの、本命不在のレースとなり1万円を超える万車券となった。そこで一部のファンから「レースをやり直せ」との声があがり、場内は騒然とした。観客の多数がこれに同調し、至る所で火の手があがった。これを沈静化しようとした警官とファンが衝突し、1人が死亡、250名もの観客が逮捕された。これに業を煮やした当時の吉田茂首相は競輪の廃止をほのめかしたが、これが発令される前に、全国競輪施行者競技会と自転車振興会が二ヶ月の開催自粛を打ち出し、かろうじて廃止の事態は免れた。もしかしたらこの事件でその後の競輪はすべてなかったかもしれなかったわけである。そうなれば中野浩一のプロスプリント10連覇も、十文字貴信の銅メダルも、そしてもちろん「ギャンプルレーサー」たぶんなかっただろう。
ここが2002年3月をもって廃止されるということを知って驚いた。関西は「競輪」より「競艇」とはよく言われることだが、それにしてもつい最近もオールスター競輪をやったばかりであり、それほど苦境に立たされていたとは思えなかった。
廃止前に真相を確かめるために現地に赴いた。着いた時にまず感じたのは、「こんな立派な特観席をつぶすのか!」ということだった。調べたところこのスタンドは平成3年につくられたもので、10年ぐらいは経っているようだが、もちろんまだまだ使える立派な建物だ。そのままそっくり向日町あたりに持っていきたいぐらいだ。でもすぐに気がついたが、実はこれはバックスタンドであり、ゴール前のスタンドはかなり古いものであった。このスタンドを建てた段階で、こちら側をゴールにするぐらいの配慮があってもよかったのではないか? 少なくともボロいスタンド前にゴールを置く意味はあまりないように思えるが…。
しばらくして感じたのは主催者の何となく感じるやる気のなさである。まず、今だに中村あずさのポスターが貼ってあるのが目についた。彼女がキャンペーンガールを努めていたのはいったいどれくらい前のことだろう。まるで由美かおるの蚊取り線香の看板を見るがごとく古く感じた。また警備員と窓口のおばちゃん以外に主催者側の人を見かけなかった。普通なら役員をはじめ、マークカードを説明するおねえちゃんやお茶のサービスをしているおばちゃんなんかもいると思うが、そういった人はほとんど見かけなかった。無料ドリンクのサービスも今時めずらしい冷水とお茶のみである。場内清掃員さえほとんど見かけなかったから、相当そういうことにコストダウンしているのかもしれない。でも、本来節約すべきところはそんなところではなく、開催自体の効率化ではなかったか? この甲子園は同じく廃止される西宮とともに「兵庫県競輪組合」という組織が主催しているが、この組合制というのも安定しているようで、どうも各自治体とも主体性が欠けているように思える。だから少しぐらい売上げが上がっても下がっても自分のところに降りかかる影響は少ない分、やる気もないように思える。もっとも各役員を始めとする主催者は、廃止後散り散りとはなるだろうが、とりあえず公務員としての仕事は保証されているだろう。実際に最も被害を受けるのは、中で働いている食堂や予想屋として働く人々である。細々と「安倍川餅」を売っていたおばあちゃんは、これから先年金でやっていけるのだろうかと思うと心が痛んだ。スタンドのファンも「競輪は客が少なくなりましたなあ」などとつぶやいていた。帰りのバスの中で推定70歳の男性ファン2人の会話が妙に耳に残った。曰く「甲子園もなくなり寂しくなりますなあ」「いや〜寂しいことなんかおまへん。ワシにはまだ岸和田がおます(あります)。でもやっぱりほんまになくのうたら寂しゅうなるかもね」 強がってもやっぱりファンはファンなのである。

(2002.2.24レポート)


所在地 兵庫県西宮市南甲子園1−8−33
アクセス 阪神本線甲子園駅徒歩15分
無料バス 阪神本線甲子園駅
バンク 400m
食べもの 「こぶうどん」というものを食べたが、可もなく不可もなくといったところ
締め切り時の音楽 通常選手紹介で流れる曲が3分前に流される