サイモン&ガーファンクルの部屋

S&Gとビートルズ
" 明日に架ける橋 " は、1970年に発表された彼ら最後の名作アルバムである。
このアルバムが出た時、1967年に発表されたビートルズの名作アルバム " サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド " (以下、" サージェント・ペパーズ " ) との類似点を音楽評論家あるいはファンからいくつか指摘されたことがあった。
確かそれは次のようなものであったと記憶している。
@ジャケット裏の歌詞カード:
そもそも海外では、LPレコードを始めジャケットには歌詞カードは付属されていない。現在でも歌詞カードが付いていない海外のCDが多い。
ジュークボックス用に穴の開いた通称 『 ドーナツ盤 』 と言われるEPレコードに至っては印刷のない無地のジャケットにレコードを収納だけで充分であった。
なぜなら、そのレコードのレーベル、タイトル、アーティスト名は正にそのレーベル(レコード中央のラベル)にクレジットされているのだから。
日本国内で海外のレコードがリリースされる時は、版権を持った日本のレコード会社がレコードを日本国内用にマスタリングやプレスをする時、曲から歌詞を聞き取って歌詞カードを付けていたのである。よって昔、国内では今と違って訳詞まで付けるというサービスはごくまれであった。
そんな状況でジャケット全面に歌詞を埋め尽くしグラフィック・デザインにしてしまった " サージェント・ペパーズ " 、 " 明日に架ける橋 " は、当時としては共に画期的であった。
Aライブ曲からエンディング曲への流れ:
" サージェント・ペパーズ " における、ライブ仕立ての " SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND (Reprise) " からエンディング曲の " A DAY IN THE LIFE " への流れが、ライブ曲 " バイ・バイ・ラブ " からエンディング曲の " ソング・フォー・ジ・アスキング " への流れに似ている。
B " ニューヨークの少年 " 、 " A DAY IN THE LIFE " のバック・コーラス:
それぞれバックに " Ah− "という全体を包み込むような美しいバック・コーラスが流れている。
こうしてみると、S&Gやロイ・ハリーには少なからず " サージェント・ペパーズ " を意識したアルバム製作の意図があったように思える。
さて、逆にS&Gがビートルズに影響を与えた部分はなかったか。
パンキーのジレンマがジョン・レノンの " I AM THE WALRUS " の歌詞に影響を与えたり、ピアノ曲 " 明日に架ける橋 " に影響されポール・マッカートニーがピアノ曲 " LET IT BE " を作った(当時のジョン・レノンのインタビューから。この " LET IT BE " の " 明日に架ける橋 " インスパイアー説は時期的に有り得ないというのが現在の説。)というのは有名な話。
1974年、初来日をしたポール・サイモンが記者からのインタビューで 「 S&G とビートルズとの共通点は? 」 と聞かれこう答えている。
「 共に解散したということですかね。 」