Amsterdam 1970

" Simon & Garfunkel Web Forum For Japanese Fans " 掲載



" NEW YORKER IN NETHERLANDS "
THE POLAR BEAR PB-018/019
" THE HARMONY OF THE SPHERES "
Dynamic Studio DS94J095
" AMSTERDAM 1970 "
BRIDGE SONG BSCD-001

1. The Boxer
2. Homeward Bound
3. Fakin' It
4. The 59th Street Bridge Song ( Feelin' Groovy )
5. That Silver Haired Daddy Of Mine
6. I Am a Rock
7. For Emily, Whenever I May Find Her
8. Mrs. Robinson
9. Scarborough Fair/Canticle
10. El Conder Pasa
11. Leaves That Are Green
12. Punky's Dilemma
13. America
14. So Long, Frank Lloyd Wright
15. Song For The Asking
16. A Poem On The Underground Wall
17. Bridge Over Troubled Water
18. The Sounds Of Silence
19. Bye Bye Love
20. Old Friends/Bookends Theme

 1970年。この年の1月26日、アルバム「明日に架ける橋」を世界同時発売。忽ち1000万枚を売り上げ、全米第1位が合計10週。タイトル曲のシングルも全米第1位が合計6週。このアルバムからシングル・カットされたいくつかの曲もそれぞれヒットチャートを賑わし、翌年のグラミー受賞へ向かって突き進むことになる。そして、この怪物アルバムは、 ビージーズのサウンドトラック・アルバム「サタデー・ナイト・フィーバー」が出現するまで、最も売れたアルバムとしてギネス・ブックに掲載され続けることになる。

 このコンサートは、その年の5月、オランダのアムステルダムで行われたもの。
 この三者の音源は同じものである。
 " THE HARMONY OF THE SPHERES " と " AMSTERDAM 1970 " それぞれの公演日の記録が1970年5月2日と1970年5月21日となっているが、前者は曲のタイトルの誤植が多いため、信頼性の点から " AMSTERDAM 1970 " に記載されている1970年5月21日が恐らく正解であろう。(*)

 " NEW YORKER IN NETHERLANDS " (2枚組)には、他の二者にはない " El Conder Pasa <コンドルは飛んで行く> " と 、1966年NCRV TV のライブが10曲収録されている。この " El Conder Pasa <コンドルは飛んで行く> " では珍しくビブラートを大きくかけているアートの美しい声を聞くことができる。
  " THE HARMONY OF THE SPHERES " と " AMSTERDAM 1970 " は、全体に単発ノイズやヒスノイズが気になる。音も全体にこもった感じで分解能が良くない。従って、この中では音質の良い " NEW YORKER IN NETHERLANDS " が絶対のお奨め。
 現在、彼らの1970年の録音は恐らくこのアムステルダムにおけるライブでしか入手できないはずである。

 " For Emily, Whenever I May Find Her " に入ろうとするところ・・・、
 Dvorak(ドボルザーク)、Scarlatti(スカルラッティ)、Debussy(ドビュッシー)といった音楽家の肖像画か名前が恐らくコンサート会場内に掲示してあったのだろう。それらに混じってオランダ語で " Verboden te roken " ( " No Smoking " のこと ) と書かれた表示にポールが気がつく。
 「" No Smoking "(禁煙)のことだよ。」と聴衆の一人が教えてくれる。
 「" No Smoking "か。・・・・・(" No Smoking " を 「煙草をやめよう」の意味にとって)みんなの関心はやっぱり健康だね。」とポールのジョーク。
 会場がどっと沸く。

 " Punky's Dilemma " でポールがエンディングで口笛を吹いている。その合間、すかさずアートが 「僕は口笛が吹けないんだ。」
 ここでも聴衆から笑いが起こる。二人の間の取り方が絶妙だ。

 バックは、ピアノ伴奏による " Bridge Over Troubled Water <明日に架ける橋> " の一曲を除いてすべてポールのギター1本のみ。「ピアニストをハリウッドから連れて来た。」とアートが紹介しているが恐らくラリー・ネクテルであろう。
 「明日に架ける橋」を熱唱したアートはここでも大きな拍手に包まれる。アートはこの年に発売したアルバムのタイトル曲に、確かな手応えをヨーロッパ市場でも感じとったことだろう。
 「みなさん、ありがとう。実はこの歌は僕が作ったんです。」と作者のポールはステージの袖から、喝采を受けるアートに対して半ば嫉妬心を持って見ていたという。

 アルバム「明日に架ける橋」の制作における二人の不和により、二人の関係はもはや修復ができないくらい決定的なものであったようだ。
 しかし、このアムステルダム公演を聞く限りではその影が微塵も感じ取れない。二人はコンサートを伸び伸びと楽しんでいるようにさえ思える。
 二人はこの時、既にそれぞれ「ある決心」をしていたのかも知れない。
 この後、アメリカに戻ってからの7月18日、ニューヨークのフォーレスト・ヒルズ・テニス・スタジアムでコンサート。正式声明がないまま結局これが二人の最後のコンサートとなる。

 もし不採用となった「キャッチ22」の出演がポールにも決まっていたのなら。
 もしもアルバム「明日に架ける橋」の制作が、三人のプロデューサーのうち誰か一人の確固たるリーダーシップにより進められていたのなら。
 二人の歴史は大きく変わっていたのかも知れない。

 " The Sounds of Silence " でブレイクスルー(躍進)を果たしたS&Gはこのとき、" The Sounds of Silence " の歌詞のような関係でブレイクアップ(解散)しようとしていた。



(*) このライブの公演日については、" THE HARMONY OF THE SPHERES "に記載されている1970年5月2日が正しいとのご指摘を 7th Avenue さんからいただきました。7th Avenue さん、ありがとうございました。


【コラム】 オーディオの歴史

 さて、ここで彼らのこのオランダ公演に絡めて音楽に大きく関わるオーディオの歴史を少し紐解きたい。
 1948年、アメリカのコロンビア・レコードがLPレコードを発表。
 1966年、ソニーがオランダのフィリップス社と技術提携したコンパクト・カセット(カセット・テープ)の普及を開始。デファクト・スタンダード、つまり事実上の世界規格となる。
 1968年3月、CBSソニーレコード(現ソニー・ミュージック・エンタテインメント)が誕生。
 1981年、ソニーとフィリップス社がCD(コンパクトディスク)を発表。これも、デファクト・スタンダードとなる。
 1988年1月、ソニーが、CBSソニーレコード誕生時の合弁相手であるCBS社傘下のCBSレコードを買収。
 そして、オランダには当時全欧に向けたレコード配給の拠点となるCBSのレコード工場があった。今もこの工場ではソニーの関連会社としてオーディオCD、CD-ROM、DVDを生産している。
 つまり、音楽産業が盛んな米・日・蘭には音楽のインフラを支えているオーディオの世界規格を自ら整備しているという背景がある。特にこの頃S&Gと版権契約を結んでいたCBSソニーレコード(後のソニー・ミュージック・エンタテインメント)、そしてオランダのフィリップスは、現在に至るまで世界のバックボーンを築いていることが分かる。


< 前のページへ戻る場合はブラウザの 「 戻る 」 ボタンをクリックしてください >


Copyright (C) 2003 M. Satoh
本文説明のため、CDのジャケット写真を引用しました