
岡崎選手、 トリノ五輪代表決定!!!つに発表になりました!!トリノ五輪スピードスケート日本代表に、北海道清里町出身の岡崎朋美選手が選出されました!!!!これで4回連続の五輪代表です。98年の長野ではあの感動の銅メダル。02年のソルトレイクでも日本新記録で6位という結果でした。今度のトリノでは、一体どのような活躍をみせてくれるのか。本当に楽しみです! 岡崎選手がんばれ!!! 2006/1/10 岡崎選手、現役続行宣言!オリンピックも終わり、後輩の三宮選手も引退。さて、岡崎選手はこれからどうしちゃうんだだろうって思ってましたが、現役続行されるとのこと。ファンとしては、そりゃあうれしいもんです。先日テレ朝のニュースステーションでも力強く現役続行宣言されてました。体力的にはしんどいのでしょうが、これまでも頑張ってきた彼女ならば、今後も自己新記録の更新は期待できるのではないでしょうか。ソルトレイクでは、期待された日本選手の記録が伸びない中、堂々の日本新記録でしたから。五輪出場までの間の苦しみも決して無駄ではなかったんですね。さすがです。まだまだ応援続けるできることだけでファンとしては大満足なのですが、できれば日本新記録の更新&世界記録へも挑戦してもらいたいですね。九州からは遠いですが、今年はぜひエムウエーブまで応援に駆けつけたいものです。頑張れ!!
Nステさん、これからも岡崎選手追ってください! 2002/8/14 ソルトレイク、しらけたねぇ。!やっと終わりましたね、ソルトレイクオリンピック。4年前の長野とは違って、感動なんて全然なかったですよね。選手は長野と同様にベストを尽くして頑張ったと思いますが、不可解な判定が多く、結局オリンピックの目的を考えさせられました。フィ ギュアとかショートトラックでも色々とありましたが、清水選手が銀に終わった男子500mも、あれはフライングでしょう。誰が見たって。結局米国の国民のためだけのオリンピックだったように思えてなりません。まっ、岡崎選手の日本新記録見れたし、よしとしましょうか。 しかし、この土壇場でまた記録を出す岡崎選手には本当に脱帽です。オリンピックに出ることさえどうなるかわからなかったあの時期を考えると、まさに奇跡ですよね。6位というのも凄い成績ですよ。その代償というか、三宮選手、どうしちゃったんでしょうか?彼女にはぜひ、次回のオリンピックで岡崎選手を越える成績を目指して頑張ってもらいましょう。本当にみなさんお疲れ様でした。まだ、世界選手権もあるんですよね。今シーズン残り少ないですが頑張ってください。
ここで出た! 日本新記録!! さすが! |
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1971年9月7日 北海道斜里郡清里町出身 光岳小学校から清里中学校、そして釧路星園高を経て富士急へ入社。 1996年、W杯500mで初優勝。その年の世界種目別選手権500m3位。 そして1998年2月、長野五輪500m銅メダル(日本新)、1000mは 8位入賞。 1998年締めくくりの世界種目別選手権500mも見事銅メダル(日本新)を獲得! 途中。腰痛に悩まされながらも2001年に見事復活。五輪出場を土壇場で掴む。長野の時のあの勝負強さは健在を証明した。ソルトレイクでも日本新更新で日本人選手最高位の6位。土壇場での強さをみててくれました。さすが岡崎選手。
僕が岡崎選手の名前を始めて意識したのは、長野五輪開催約2ヶ月前頃でした。雑誌だったか新聞だったかはよく覚えていませんが、メダルが期待される日本人有力選手の紹介記事の中で、岡崎選手のプロフィ−ルに「北海道清里町出身」という文字を見つけてからなのです。北海道斜里郡清里町。その瞬間、僕は昨年の9月に訪れた清里町の事を懐かしく感じて、「あの町の出身の五輪選手がいるんだ。」となぜかうれしくなりました。岡崎選手の名前自体は以前から新聞等で見て知ってはいたのですが、清里町出身とわかった瞬間から、妙に親近感を覚えてしまったのです。 僕が清里町を訪れたのは、昨年の9月の事でした。 1997年9月、僕は長期休暇を取り北海道を訪れていました。そしてその日は僕の旅が始まってからちょうど1週間目にあたり、キャンプ続きでの疲れがピ−クに達していた頃でもありました。僕は北海道を時計と逆周りでバイク&キャンプで一周する計画を立てており、前日の宿泊地の中標津のキャンプ場から清里峠を越えて網走方面へ向かっている最中でした。 この日は取り敢えず中標津から裏摩周へ行きそこで一休みしていました。そして地図でル−トの確認をすると、当初の目的通り網走へ向かうために清里峠から北へ向かってバイクを走らせる事としました。しかし途中で、何となく道を間違えているような気がしてきて不安になり、バイクを降りると、地図を取り出し今の位置の確認を行いました。するとちょっと先の方に学校らしきものを見つけ、すぐ側までいってみるとそこには「光岳小学校」と書かれてありました。後で知った事なのですが、ここが岡崎選手の母校だったんですね。
結局、僕は札弦駅の近くで、約1時間ほど、特に何もせずにただ周りの景色やそこに生活する人々を眺めて過ごしていました。今思い出しても特に美しい風景でもなかったと思います。北海道では、いや日本の地方でならよく見慣れた田舎の風景でした。その時の記憶で今でも鮮明に覚えているのは、ふっと空を見上げた時に、朝からどんよりと曇った空模様だったのが、西から徐々に空が明るさを取り戻してきていて、その空をやけに広く感じたことでした。大阪で普段見るよりも広く感じる空。いつもの生活の中でこんなにゆっくりと空を眺める余裕なんてなかったからきっとそう感じたのかもしれません。そうして空を眺めていると、何となく自分の気持ちが安らいでいくのがはっきりと感じとれました。そしてこんな気持ちになれたのは本当に久しぶりだったと思います。 そんな訳で岡崎選手の記事を読んで彼女が清里町出身と知った時から、僕は彼女の事をもっと知りたくなり、そして応援しなければと思いはじめていました。そう、僕にとっては、岡崎選手=長野五輪の銅メダリスト だけではなく、岡崎選手=清里町が生んだ長野五輪銅メダリストなんですね。 今年も北海道を訪れた時には、ぜひ清里町へ足を運ぼうかと思っています。何でも駅前に岡崎選手のレリ−フもあるとかで、今から楽しみにしています。あの朋美スマイルの原点は、多分清里町にあるんでしょうね。
1998.11 長野エムウエ−ブにて撮影 |
06/01/10