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このページは長崎のタウン誌「ながさきプレス」に掲載された記事を載せています。


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(ながさきプレス平成9年12月号掲載)

司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑
来春2月 風頭・龍馬像前に除幕決定!───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、来年2月の除幕をめざして、作家・司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」文学碑建立事業を進めていますが、 このほど除幕日、設置場所、文学碑の仕様など事業の概要が決定しました。

除幕日は、司馬遼太郎氏三回忌(2月12日)を前にした来春2月1日。設置場所は、 長崎市伊良林3丁目の風頭公園内の坂本龍馬之像前広場です。 ここは、長崎港と街を眼下にするとともに、ふりかえれば坂本龍馬像があるという 「竜馬がゆく」文学碑には最もふさわしいところになったと考えます。 また、除幕当日には、司馬遼太郎記念財団(東大阪市・福田みどり理事長=司馬遼太郎夫人) からも来賓をお迎えすることになりました。

司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑の建立により、長崎の街が、司馬文学を愛する人々をはじめ、 多くの人々にとって、司馬遼太郎氏の思想と文学に思いを馳せる場所となることを願っています。

なお、亀山社中ば活かす会では、文学碑建立のための募金活動を行っています。ぜひ、ご協力をお願いします。


司馬遼太郎文学碑建立事業
建立趣旨 「竜馬がゆく」をはじめ「長崎」を舞台にした作品を残された司馬遼太郎氏のこの街における足跡を確かめ、 その功績を顕彰するとともに、文学碑建立が長崎の街の地域振興に資することを目的とする。

建立主体 亀山社中ば活かす会
後 援  長崎ネットワーク市民の会/長崎市
除幕日 平成10年2月1日(日)
建立場所 風頭公園内 坂本龍馬之像前
建立資金 現在、募金活動中
碑の仕様 高さ1.5m 幅3m
碑石=安山岩 碑板=黒御影

文学碑の碑文
-------------------------------------
船が長崎の港内に入ったとき、
竜馬は胸のおどるような思いを
おさえかね、
「長崎は、わしの希望じゃ」
と、陸奥陽之助にいった。
「やがては日本回天の足場になる」
ともいった。
   <<司馬遼太郎『竜馬がゆく』より>>

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(ながさきプレス平成10年2月号掲載)

司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑除幕───亀山社中ば活かす会

作家・司馬遼太郎とその文学を、作品の舞台となったゆかりの地・長崎で顕彰することを目的に 亀山社中ば活かす会が準備を進めてきた司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑がいよいよ除幕の運びとなった。

文学碑は、風頭公園の坂本龍馬之像前広場に設置。
高さ1.5メートル、幅3メートルの大きさで、代表作「竜馬がゆく」から竜馬が本拠地を置く ため長崎港に船で入ってくる印象的なシーンを碑文に刻んだ。

亀山社中ば活かす会では「この文学碑建立は、司馬さんの長崎における足跡を確かめ、その功績を顕彰するために重要な意義を持つもの。
また、此処を訪れる人々にとって『時代を感じ、この街の歴史に理解を深めてもらう』ために役割を果してくれると思うと話している。
当日は、司馬遼太郎記念財団の上村常務理事はじめ多くの来賓を迎えて盛大に除幕式と祝賀交流会を行う。
除幕式には自由に参加できる。

司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑除幕式
主 催 亀山社中ば活かす会
日 時 2月1日(日)午前11時
場 所 風頭公園 坂本龍馬之像前広場
祝賀交流会(会費3000円)同日正午から
矢太楼(風頭町)

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(ながさきプレス平成10年3月号掲載)

司馬遼太郎文学碑誕生───亀山社中ば活かす会

地域の歴史を活かした街づくりに取り組む亀山社中ば活かす会が準備を進めてきた司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑が2月1日、風頭公園で除幕された。 設置場所は、眼下に長崎の街と港を一望にする同公園の坂本龍馬之像前広場。

除幕式には、司馬遼太郎記念財団の上村洋行常務理事(司馬さんの義弟)、坂本龍馬の子孫である神戸市の歴史研究家土居晴夫先生、 生前の司馬さんと親交のあった地元の医史学研究家・中西啓先生などが出席。 そのほか、同会と同じように市民の立場から長崎の街づくりに取り組む長崎歴史帆船協会の鬼永武専務理事はじめ、 長崎ネットワーク市民の会のメンバー、遠くは岩手や東京から駆けつけたという熱心な司馬文学ファンなど約130人が出席した。

式では、記念財団の上村常務理事、伊藤長崎市長、針屋亀山社中ば活かす会会長の三人が除幕。
リボンをひくと「長崎はわしの希望じゃ・・」と、代表作「竜馬がゆく」からの一節を刻んだ全国初の司馬文学碑が姿を現した。

上村常務理事は「兄(司馬さん)はたいへん照れ屋でしたから、これだけ立派な文学碑ができたことに、 おそらく照れ笑いを浮かべているのではないかと思います。 そして、明るい所が好きでしたから「いい場所にできたな」と私たちに話かけている気がします」と挨拶。

また、土居先生は「司馬先生の言葉は単に石に刻まれるだけでなく、永遠に我々の心に刻まれると確信しています」と語った。

東京から来崎した司馬さんの作品が大好きという女性は「この日のために来た甲斐がありました。
司馬文学を思うにふさわしい素敵な場所」と感動した様子。

なお、文学碑の裏面には、長崎俳人会会長でもある中西先生の一句「眼鏡橋片方(かたえ)に史話の夜長かな 萩置」が刻まれた。 これは、眼鏡橋近くの喫茶店「アイデア」での司馬さんとの思い出を詠んだもので、萩置は中西先生の俳号。

土肥原弘久亀山社中ば活かす会幹事は、「地方都市の没個性化が進むなか、長崎がほかの都市と違う顔をしておくためには、 この街にしかないもの、この街でしか感じられないこと、長崎でないと見えないものを大切にしていかなければならない。
そういう意味で、この文学碑は、長崎の街の財産として大いに活用してもらいたい」と話していた。

亀山社中ば活かす会では、今後、毎年の司馬遼太郎忌(菜の花忌)にその文学と長崎の街づくりを考える「司馬文学を語る会」を、開催することにしている。

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(ながさきプレス平成10年4月号掲載)

第1回遼太郎忌と司馬文学を語る会開催───亀山社中ば活かす会

作家・司馬遼太郎氏の三回忌となる2月12日、亀山社中ば活かす会が「第1回遼太郎忌」を風頭公園の司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑前で開催した。
文学碑は2月1日に全国で初めて同会が建立したばかり。

この日、文学碑には、司馬さんが好んだマイルドセブン・スーパーライトやビスコとともに著作のひとつからその名をとった銘酒「菜の花の沖」も供えられた。
式には、同会会員はじめ司馬作品の読書会をしている女性グループなど約30人が出席。
土肥原弘久同会幹事が文学碑の建立経過を述べた後、「毎年の遼太郎忌に司馬文学と、その舞台となった長崎について語る集いを開くことで、 この文学碑を長崎の街づくりに役立てたい」と挨拶。
次に文学碑建立の発案者・織田毅幹事が、碑文にも刻まれている「竜馬がゆく」の一節を朗読。
そのあと、全員で司馬さんが好きだった菜の花を文学碑に献花してその遺徳を偲んだ。

続いて伊良林平公民館で「司馬文学を語る会」を開催。
司馬氏と親交のあった日本医史学会理事・中西啓先生の「司馬遼太郎さんの思い出」と題する講演を聞いた。
中西先生は、ポンペやシーボルトの研究家として著名。また、長崎俳人会の会長でもある。

両氏の出会いは、昭和39年に司馬さんが「竜馬がゆく」の取材で来崎したのがきっかけとのこと。
中西氏が紹介した長崎での龍馬ゆかりの地がそのまま小説の舞台として登場しているという。
その後「彼が長崎に関して調査をするときに連絡があり、それにお答えする」というつき合いだったそうだ。

「市内での講演会のあと、花月で会食。さらに、司馬さんいきつけの喫茶店「アイデア」で夜遅くまで飲む。 司馬さんはずいぶんとお酒が強かった」そうである。

歴史と文学について「歴史は史料にあくまでも忠実に書かなければいけない。
創作は自由に自分の発想を文章にできる。
司馬さんに、その歴史と創作の違いを話しまして「どちらかを書くとすれば、私は歴史を書いているけれど、 あなたは小説をお書きになっている。
書く立場としては、あなたのほうが気楽ですね」と言いましたら「ああ、そうね」と笑っておられました。
そういうのが彼との文学に関する思い出です」と話された。

そのほか「司馬さんは、外国文化をどんなに接触して受け入れるかあるいは排撃するかという問題を常に考えていた。
長崎の街は外国文化との接触ということでは、異文化ショックを起こさない風土だったことから、 彼はこの街に関心を持っていたのではないか」と振り返っておられた。

この後、中西先生を囲んで昼食会を開催。
司馬文学を中心に長崎の歴史や街づくりについて語り合う楽しいひとときを過ごした。
この催しは、今後毎年開催の予定。





(おわり)

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(ながさきプレス平成10年7月号掲載)

時代は「情報の幕末」!
結成十周年でホームページ開設 ───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会が、今年5月、インターネットでのホームページを開設した。
これは、同会の結成10周年記念として導入したもので、企画立案から制作まですべてメンバーの手作り。早くも各地からリンクの申し込みや問合せがあり、反応は上々とのこと。

内容は、会の紹介、活動のあゆみ、亀山社中跡周辺ガイド、亀山社中跡の公開情報など7項目。
貴重な古写真や鮮やかな風景写真を多数使用して、楽しくわかりやすいホームページとなっている。

目玉の「イベント&トピックス」コーナーには、先頃除幕した司馬遼太郎文学碑や第一回長崎菜の花忌のニュース、亀山文庫第九刊近日発刊の告知など最新情報を満載。また、会報「龍馬がゆく道」の最新号と直前号の掲載記事もすべて読むことが出来る。

ホームページ開設で、龍馬ゆかりの亀山社中跡を中心に街づくりに取り組む同会の活動情報を、より早く全国の人々に提供できるようになった。

片田舎の小さな市民団体が、インターネットによって全国へ討って出る! まさにプレス編集長が提唱する「情報の幕末」と呼ぶにふさわしい時代。同会では、内容を逐次更新して、活動情報を中心に、長崎での歴史や文化、それに街づくりに関するニュースなどを広く発信していく予定である。

『亀山社中ば活かす会』インターネット・ホームページ・アドレス

http://plaza6.mbn.or.jp/~himekami_kyusyu/kameyama/

☆問い合わせ・土肥原 020−500−0597

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(ながさきプレス平成10年8月号掲載)

中学生ボランティア育成講座
中島川と亀山社中跡で現地研修 ───であいの会&亀山社中ば活かす会

6月27日、ボランティア育成講座の中学生達が、中島川周辺と亀山社中跡を訪れて、地域づくり活動の現地研修を行った。この講座は、学校や地域でボランティア活動を進んで実践するリーダーを養成するため、長崎市教育委員会が開講しているもので、この日は市内各校から約40人が参加。眼鏡橋を中心に地域活性化と環境美化に取り組む「であいの会」と亀山社中跡を活かした街づくりをめざす「亀山社中ば活かす会」が共同で運営に協力した。

まず一行は、中島川に架かる眼鏡橋などの石橋群を見学。であいの会の田口さんから中島川まつりや清掃活動の話を聞いた。続いて、亀山社中跡に移動。亀山社中ば活かす会の堺屋副会長の説明で、日本最初の商社「亀山社中」の活躍ぶりや、その歴史を活かした同会の活動の様子を学んだ。続いて、市民会館に場所を移し、であいの会の安達会長から、長崎の街の歴史とおくんちについての講話を聞き、その日の研修日程を終了した。

参加者のほとんどが中島川周辺の歴史探訪は初めてで、明日の長崎を担う中学生達に、ふるさと長崎の歴史に親しみを持つとともに、地域活動の実践現場を知ってもらうよい機会になった。

両会によるボランティア講座への協力は今年で3年目。今後とも、共同事業を継続し、また、その幅を広げていきたいとのこと。

☆問い合わせ・きっちんせいじ 095−822−7612 安達

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(ながさきプレス平成10年11月号掲載)

今年は2年ぶりの名月
司馬文学碑の前ではじめての観月会 ───亀山社中ば活かす会

仲秋の名月にあたる10月5日に、亀山社中ば活かす会では恒例の「長崎の歴史と街づくりを語る観月会」を開催した。この月見の宴は風頭公園を会場に平成4年から行なわれているもの。昨年は台風で中止となり2年ぶりとなった今回は、同会の会員はじめ地元の人々など約60人がお酒や手作りの弁当を持ち寄って顔を揃えた。

風頭は長崎の人々に昔から月の名所としても親しまれていた場所で、この丘の後背に一層高く聳える彦山から出る月は、江戸時代の文人・太田蜀山人をして「こんげん月は、えっとなかばい!」と言わしめたほど。午後七時前、お待ちかねの満月がのぼると、その見事さに参加者から一斉に拍手が起こった。

龍馬之像が立つ会場の広場には、同会が今年2月に司馬遼太郎文学碑を建立したばかり。文学碑と龍馬之像にはお月見の団子とススキが供えられ、司馬作品からその名をとった銘酒「菜の花の沖」が参加者に振る舞われた。三々五々集まった人々は、くんちを前にようやく秋めいてきた宵のひとときに、杯を交わしながら長崎の豊かな歴史やこれからの街づくりを語り名月を楽しんでいた。佐賀県嬉野町から駆けつけた同会の貞包波子さんは「ここからの夜景も龍馬像の肩ごしに見える満月も最高。この街を将来を語るにはいい場所ですね」と話していた。

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(ながさきプレス平成10年12月号掲載)

日本も龍馬も倒しとうない
高知龍馬像修復募金 ───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、倒壊の危機にある高知・桂浜の坂本龍馬像を修復するための募金を長崎市民に呼びかけている。

龍馬の生誕地・高知に建つ坂本龍馬像は、昭和3年に地元の青年たちによって建立されたもの。以来70年、同地を訪れる多くの人々に深い感銘と強い影響力を与えてきた。しかし、長い歳月で腐食が進み修復が必要になったため、高知で「龍馬像修復実行委員会」が結成され、四千万円を目標にして現在募金活動中である。

このため、龍馬ゆかりの亀山社中跡を中心に地域づくりに取り組む同会では、高知からの要請を受けて、かつて龍馬が本拠地を置いた長崎でも募金協力をすることにした。さっそく、亀山社中跡に趣意書と振替用紙を置いて募金を呼びかけている。

また、龍馬生誕日の11月15日には、ゆかりの高知、京都、長崎の3都市が連携し、彼の33年の生涯にちなんだ「33時間募金」が実施された。同会でもこれに連動して、同日開催の亀山社中幕末祭で、特に募金箱と芳名帳を備えて来訪者からの募金を受け付けた。

*020−500−0597 土肥原

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(ながさきプレス平成11年1月号掲載)

長崎歴史探訪路
手づくり郷土賞
受賞記念碑を設置───長崎歴史探訪路&亀山社中ば活かす会

亀山社中跡周辺を巡る「龍馬通り」などの整備を行ってきた長崎歴史探訪路整備事業(事業主・長崎市)が、平成10年度「手づくり郷土賞」を受賞し、その受賞記念碑がこのほど設置された。

同賞は、建設省と全国建設弘済協議会が主催して「地域固有の歴史、伝統、文化を生かした社会資本」に贈られるもの。

長崎歴史探訪路は「住んで良い街は、訪れて良い街」をキャッチフレーズに、地域の歴史を活かした「道空間」の整備をめざす道づくり構想。対象地区には歴史的な面影を街並みに色濃く残す寺町伊良林、西坂諏訪の森、鳴滝の3地区が選ばれて、平成2年度から整備が開始された。具体的には、板石舗装、街路灯や手すりの改装、休憩所の新設などで、龍馬通りや幣振り坂の環境整備が図られてきた。平成7年には亀山社中跡門前近くにポケットパークも出来上り、ここに亀山社中ば活かす会が「龍馬のぶーつ」を設置している。このほかの2地区でも整備が進み、市民や観光客に風情ある道筋として親しまれているところだ。

この事業の大きな特徴は、市民と行政が一緒に作業を進めるところで、亀山社中ば活かす会では「行政と話し合いながら道づくりを進めてきた。受賞はとても嬉しい」と話している。寺町伊良林地区の受賞記念碑は、伊良林3丁目の龍馬通り入口(風頭公園側)に設置されており、高さ1・2m、幅0・9m。二段重ねの安山岩に受賞を記す銘板が取り付けられている。同会では、さっそく歴史探訪路と手づくり郷土賞をわかりやすく説明した案内板をつくり来訪者へのPRに努めている。                   



(ながさきプレス平成11年1月号掲載)

11月15日は坂本龍馬の誕生日
亀山社中幕末祭を開催───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、11月14日(土)15日(日)の両日に恒例の亀山社中幕末祭を開催した。幕末祭は、龍馬の生誕日であり命日でもある11月15日にちなんで毎年行なわれているもの。

両日は、亀山社中跡(長崎市伊良林)を公開して見学者に御神酒・お茶のサービスを、また、15日には午前11時から庭内の坂本龍馬之像前で生誕祭を行い龍馬の遺徳を偲んだ。

亀山社中跡には、龍馬はじめ亀山社中のメンバーの古写真や龍馬の手紙の写しといった史料展示のほか、龍馬がいつも寄り掛かっていた「龍馬柱」もある。室内の写真撮影も自由でファンには見逃せないポイント。例年どおり、公開の2日間は市民や観光客が集まり歴史や街づくりを語り合う楽しいひとときを過ごした。

今回は、高知龍馬像修復募金への協力要請で高知から来崎した修復実行委員会の橋本邦健氏など、特に県外からの参加者が多かった。同会では「5月に開設したホームページでの情報発信が効果を上げてきたもの」と話している。北九州から2日間とも参加した樋口博美さんは「この亀山社中跡で過ごすためだけに長崎に来ました」と、龍馬ゆかりの地での時間を楽しんでいた。

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(ながさきプレス平成11年2月号掲載)

第2回長崎菜の花忌
『胡蝶の夢』をテーマに講演会 ───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会は、2月6日(土)に第2回「司馬遼太郎・長崎菜の花忌」を開催する。これは、昨年2月の司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑建立を契機にして「長崎を舞台に数々の作品を残した司馬遼太郎の文学顕彰と長崎における文学を素材にした街づくりを考える」ために、同会が毎年実施することにしたもの。

当日は、風頭公園に建つ司馬文学碑前で作品朗読や菜の花の献花を行い、戦後の日本文学に大きな足跡を残した作家・司馬遼太郎の遺徳を偲ぶんだあと、近くに会場を移して「菜の花忌」記念の講演会を開催する。菜の花は司馬さんが愛した花である。

今年の講演会は「『胡蝶の夢』をめぐって」と題して、司馬さんと親交のあった医学史研究家・中西啓先生の講演を聞く予定である。『胡蝶の夢』は、幕府の蘭学医・松本良順を主人公にした物語で、その重要な舞台の一つとして長崎が登場する司馬さんの代表作である。当日は、直接その取材に協力した中西先生による司馬さんの思い出話も含めて、作家・司馬遼太郎がこの作品を通じて描いた往時の長崎の佇まいや時代背景など興味深い話が聞けそうである。

司馬文学ファンにとっては見逃せない「長崎菜の花忌」は午後3時から長崎市風頭公園の文学碑前で、記念講演会は午後4時から伊良林平公民館でそれぞれ開催。いずれも参加費無料で誰でも自由に出席できる。同会では「司馬さんに限らず、長崎は多くの文人や作家が愛した土地。このような催しをきっかけに「文学」という切り口から街づくりの可能性を考えてほしい」と参加を呼びかけている。

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(ながさきプレス平成11年4月号掲載)

作品の舞台・長崎で
それぞれが語る司馬文学への思い ───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、2月6日(土)、風頭公園の司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑前で第2回「司馬遼太郎・長崎菜の花忌」を開催した。
この催しは、昨年2月の司馬文学碑建立を契機に「長崎を舞台にした作品を残した司馬遼太郎の文学顕彰と文学を切り口にした街づくりを考える」ことを目的に昨年から始められたもの。
当日は、まず、司馬文学碑前で作品朗読や菜の花の献花が行われ、関係者約50人が出席して作家・司馬遼太郎の遺徳を偲んだ。
作品朗読では、県外からの参加者4人がそれぞれ「翔ぶが如く」「竜馬がゆく」など好きな作品から気に入った一節を読み上げ、司馬文学への思いを語った。
「21世紀に生きる君たちへ」の一節を朗読した東京都の野田幸代子さんは「風頭公園に来たのは初めて。朗読はとてもよい記念になりました」と話していた。
式には司馬遼太郎記念財団からもメッセージが寄せられており「「竜馬がゆく」の文学碑前で開かれるという風景のいい菜の花忌がうらやましくもあります」との上村洋行財団常務理事のコメントが紹介された。
このあと、参加者全員で司馬さんが好きだった菜の花を文学碑に献花。その文学と人柄に思いを馳せた。

続いて、伊良林平公民館に会場を移して「『胡蝶の夢』をめぐって」と題する医学史研究家・中西啓氏の講演会が行われた。

『胡蝶の夢』は、長崎医学伝習所に学んだ医師・松本良順を中心に幕末の若者達を描いた司馬作品の一つ。講演では、幕末の医学伝習の様子、登場人物、作品の時代背景などが、来崎した折の司馬さんの思い出話を織りまぜながら語られた。中西氏は「司馬さんは、執筆にあたり必ず現場を自分で確認する現場主義を貫いた。その姿勢が、作品の舞台となった長崎の人々に身近な物語として愛される理由になったのではないか」と司馬文学の魅力を語り、参加者は長崎を愛した国民的作家の面影を浮かべながら話に耳を傾けていた。

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(ながさきプレス平成11年5月号掲載)

結成10周年を記念して
司馬文学と長崎をテーマに講演会開催 ───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会は、5月15日(土)に結成10周年記念講演会を開催する。同会は「地域の歴史を活かした街づくり」を目的に平成元年5月に結成。以来、坂本龍馬ゆかりの亀山社中跡の一般公開を中心に活動を続けてきた。昨年2月には、全国に先駆けて作家・司馬遼太郎の文学碑を建立して話題を集めたところだ。

講演会には(財)司馬遼太郎記念財団の上村洋行常務理事を招いて、同財団の理念や事業、長崎と司馬遼太郎氏のかかわり、さらに東大阪市で計画が進められている司馬遼太郎記念館構想についての話を聞く。講演会を企画した同会の織田毅幹事は「『竜馬がゆく』や『胡蝶の夢』など長崎の歴史や風土を題材に優れた作品を残した作家・司馬遼太郎に学ぶものは多い。また、市立図書館や博物館の建設が計画されている長崎にとって、同財団の記念館構想は今後の文化施設のあり方を考えるうえで大きなヒントになるはず」と話している。講師の上村洋行さんは司馬遼太郎氏の義弟である。

記念講演会は「作家・司馬遼太郎と長崎」−司馬遼太郎の精神を21世紀へ──と題して、5月15日(土)午後3時から長崎市魚の町の長崎市女性センター「アマランス」で開催。入場無料で誰でも参加できる。

同会では「この講演会を「歴史と文学の街・長崎」を広く全国にアピールして長崎の新たな魅力づくりのためのきっかけにしたい」と広く市民に参加を呼びかけている。

*TEL亀山社中ば活かす会 090−2500−0597 土肥原

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(ながさきプレス平成11年6月号掲載)

満開の花の下で街づくりを語る 恒例の花見会 ───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、総会を兼ねた花見会を4月4日に亀山社中跡近くの風頭公園で開催した。同会のお花見は、平成2年以来の恒例で、各地から駆けつけた同会の会員はじめ市内のまちづくり団体のメンバーや地元の人々約80人が参加。350本の満開の桜の下で、いつものとおり長崎の街づくりをはじめとして、歴史や文化、司馬作品はじめ長崎を舞台にした文学作品のことなどを大いに語り会った。また、この一年に亀山社中跡に寄せられたり、会員が持ち寄った龍馬グッスなどのオークションも行われ、飛び入りの参加者も加わり賑やかなお花見となった。

風頭公園は、司馬遼太郎文学碑や坂本龍馬之像、上野彦馬の墓など見どころが多く、また、ここから見下ろす街と港の風景も素晴らしい。当日は「風頭公園さくらまつり」も開催されており、多くの家族づれや仲間同士のグループが春の一日を楽しんでいた。

また、お花見に先立って行われた総会では、結成10周年を迎えた同会の記念事業として、上村洋行司馬遼太郎記念財団常務理事を講師に迎える記念講演会、歴史探訪路「龍馬がゆく道」散策マップの発行などの記念事業計画が発表された。

福岡市の会員・前田憲生さんは「年度始めの同窓会気分で参加しています。桜と龍馬と酒とおでん。このお花見が1年の始まりで楽しみにしています」と、東京から訪れたソニー坂本龍馬研究会の水野秀彦さんは「桜の花の向こうに広がる長崎の街がきれいですね」と、それぞれ感想を話していた。

*TEL亀山社中ば活かす会 090−2500−0597 土肥原

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(ながさきプレス平成11年7月号掲載)

製茶貿易140周年記念 幕末・長崎歴史ロマン
『龍馬の茶』誕生!! ───お茶の秋月園&亀山社中ば活かす会

幕末の風雲児・坂本龍馬も飲んでいた日本茶を長崎の新たな観光物産品にしようと、幕末長崎歴史ロマン「龍馬の茶」が発売された。

坂本龍馬は、長崎に日本最初の商社「亀山社中」を結成。倒幕に海運業にと活躍して日本の近代化に大きな役割を果たした。その亀山社中の活躍を油屋町でお茶問屋を営む大浦お慶が経済的に支援したことはよく知られている。お慶は英国商人オルトとの商談をきっかけに製茶貿易で財をなしている。

そんな長崎の歴史を語り、龍馬やお慶にゆかりの日本茶を、新たな観光物産品として売り出すとともに、その商品を通して「歴史の街・長崎」を多くの人々に再認識してもらうため、幕末長崎歴史ロマン「龍馬の茶」をお茶の秋月園と亀山社中ば活かす会が協力して企画、発売することにしたもの。奇しくも今年は、わが国で製茶貿易が始まった安政6年(1859)から140年目にあたる。

企画に協力した亀山社中ば活かす会では「お慶は、お茶箱に忍んで上海まで密航したという伝説の残る女傑。豪快な気性の龍馬とは、さぞや気が合ったことでしょう。そして、日本の夜明けを語る2人の席には、香り豊かな日本茶があったはず」と話している。

幕末・長崎歴史ロマン「龍馬の茶」は、1袋80g入りで、1500円から600円まで4種類(消費税別)。長崎空港、ハウステンボスはじめ長崎市内各所で販売中だ。

*お茶の秋月園 095−861−0497

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(ながさきプレス平成11年7月号掲載)

司馬遼太郎記念館がめざす
街づくりの原点と可能性───亀山社中ば活かす会

5月15日、地域の歴史文化を活かした街づくりをめざす亀山社中ば活かす会は、結成10周年記念講演会を開催した。

講師は、司馬遼太郎記念財団常務理事で作家・司馬遼太郎氏の義弟にあたる上村洋行氏。会場の長崎市女性センター研修室には、司馬文学に関心を持つ市民やまちづくり団体のメンバーなど約70人が集まった。中には、北九州、佐賀、平戸など遠方から駆けつけた人々もあり「司馬遼太郎記念館がめざすもの」と題する講演を熱心に聞き入っていた。

上村氏は「都市には、それぞれが持つ空気がある。長崎は明るく穏やかでハイカラなイメージです。10年程前に雪国で正月を過ごし豪雪のため足止めされた司馬遼太郎が「来年は長崎にしよう」と言ったことがあります。兄も、長崎にはそういう印象があったようです」と話したあと、作家・司馬さんについてのいくつかのエピソードを紹介して無私無欲であったその人柄を語った。

続いて、司馬遼太郎賞、菜の花忌など司馬遼太郎記念財団の事業概要を説明。さらに、本題である司馬遼太郎記念館構想について詳しく話をした。記念館は東大阪市にある司馬邸に隣接して建設予定。現在、平成13年春開館をめざして準備が進められている。設計は建築家の安藤忠雄氏が手掛ける。司馬氏が好きだった雑木林を活かした森の中の記念館をイメージしているとのことで、内部は地下1階から地上2階までの3層吹き抜け構造。上から見た外形は偶然にも長崎の出島にそっくりという。内部の壁面いっぱいに書架を設けて、3万冊と言われる蔵書の雰囲気を醸しだす。さらに、作家・司馬遼太郎の創造空間の再現も試みたいとのこと。また「原稿、写真、絵画などの展示のほか、セミナーホールを設け講演会や読書会を開いて、司馬遼太郎の精神を発信する場にしたい」と話した。

また「記念館の建設が点としてあるだけでなく、それが面の広がりを持たなければ街づくりにならない」と話を進めて「兄は自宅周辺を毎日散策する習慣があり、現在、東大阪市でその散歩道を街づくりに活かせないか検討中です。そのような手法で市民に関心を持ってもらうことから、街の魅力づくりを進められれば」と街づくりの原点は「市民が関心を持つことだ」と強調した。

そして、長崎の出島復元を話題にして「素晴らしい構想だが、ハードの整備だけでなく、市民にもっと関心を持ってもらうようにソフト面の配慮が必要。市民一人一人が関心を持っていれば、長崎は全国にもっと大きな光を放つことができる」と長崎の可能性の大きさを語った。

講演会を企画した亀山社中ば活かす会の織田毅幹事は「作家・司馬遼太郎の魅力とともに、長崎の街づくりを考える意味でも有意義な講演でした。市民の積極的な関わりが、地域づくりの原点という話は印象的でしたね」と話していた。

*090−2500−0597 土肥原

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(ながさきプレス平成11年8月号掲載)

長崎歴史探訪路「龍馬がゆく道」 ガイドマップ発行

───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、長崎歴史探訪路案内マップ『龍馬がゆく道』を発行した。このマップは、亀山社中跡を訪れる観光客や市民から「周辺の散策をするのにわかりやすい案内図がない」という声に答える形で企画されたもの。亀山社中跡や司馬遼太郎文学碑など伊良林・寺町地区に散在する幕末史ゆかりの史跡や見どころなどをわかりやすく紹介しており、観光客がこのマップを片手に眼鏡橋や寺町通りから亀山社中跡や風頭公園まで散策できるように工夫されている。

規格はB4版三つ折りで持ち運びにも便利。両面カラー印刷で特に代表的なポイントとなる坂本龍馬之像、龍馬のぶーつ像など12箇所は写真入りで解説も加えている。また、表紙には慶応年間に長崎で上野彦馬が撮影した坂本龍馬の古写真を使っており、これだけでも龍馬ファンには魅力ある記念品になりそうである。1万部を発行して、長崎市観光課などで配付中である。

企画した亀山社中ば活かす会の土肥原弘久幹事は「ここ数年のうちに、歴史探訪路「龍馬通り」の完成、龍馬のぶーつ像や司馬遼太郎文学碑建立で、亀山社中跡周辺もかなり様子が変わりました。わかりやすいマップを作ることで、歴史の香り高いこの地域の魅力を多くの人に知ってもらいたい」と話している。

*090−2500−0597 土肥原

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(ながさきプレス平成11年9月号掲載)

ボランティア養成講座〜地域の歴史とまちづくりを学ぶ

───であいの会&亀山社中ば活かす会

7月10日(土)、中学生ボランティア養成講座で、中島川周辺をめぐる現地学習会が行われた。

今年で4年目を迎えるこの講座では、アイマスク体験やレクレーション実習、さらに施設を訪れての入所者との交流など体験的なボランティア活動を中心に、地域を支える人材の育成めざしている。

この日は「中島川周辺の歴史探訪」がテーマで、市内各校から集まった約30人の中学生が、眼鏡橋をはじめとする石橋や亀山社中跡など周辺の史跡を見学。併せて、この地区でまちづくりに取り組む市民ボランティアの人々から活動状況や今後の取り組みについての話を聞いた。

であいの会の田口博人さんは、光永寺や桃渓橋、阿弥陀堂などを案内しながら石橋の歴史を説明。同時に、であいの会が取り組む中島川清掃や長崎大水害で流された幾つかの石橋の復興運動など地域活動についての話をした。また、亀山社中跡では、亀山社中ば活かす会の本村清副会長による迫力あるガイドぶりを見学するとともに、「龍馬のぶーつ」像などを見て歴史を活かした地域振興をめざす同会の活動状況について学習した。

主催した長崎市中央青年の家では「自分で体を実際に動かしたり、現場に足を運んで、「ボランティア活動は何か」を学ぶのが講座の目的です。今後は中島川での清掃活動なども企画したい」と話していた。

*であいの会 095−822−7612 きっちんせいじ

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(ながさきプレス平成12年1月号掲載)

龍馬のポストカード結成10周年でデザイン一新

───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、オリジナルポストカードを新しく作りかえた。このカードは、亀山社中跡維持のための募金協力者に対するお礼として、平成元年の亀山社中跡一般公開当初から配っている。同会が今年結成10周年を迎えたのを機会にデザインを一新することにしたものだ。

カードは、はがき2枚を横につなげた大きさで、真ん中のミシン目で切り離すと、それぞれポストカードとして使えるように出来ている。デザインでは、従来の風頭の龍馬之像の写真に替えて、上野彦馬が長崎で撮影した有名な龍馬の写真を大きく配したのが特徴。永遠の青春像・坂本龍馬の根強い人気に応える形でのモデルチェンジである。ベェージュの地色に濃いブルーで印刷されており、なかなか渋い仕上がり。このほか、龍馬がゆく道散策路マップ、亀山社中跡室内の写真などを載せており、絶好の記念品として早くも見学者には好評とのこと。

同会の土肥原弘久幹事は「亀山社中の「顔」である坂本龍馬を前面に押し出しました。みなさんも亀山社中跡ご見学の際には、ぜひ募金にご協力を!」と呼びかけている。

*090−2500−0597 土肥原

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(ながさきプレス平成12年6月号掲載)

龍馬通りに海援隊士の道しるべ登場

───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、亀山社中跡付近の道筋に海援隊士を描いた「道しるべ」を設置した。全国から訪れる観光客に楽しい歴史散策を楽しんでもらうのが目的である。亀山社中跡がある伊良林周辺には歴史探訪路が整備されており「龍馬通り」の愛称で市民や観光客に親しまれている。この道筋に会員手づくりの「道しるべ」を取り付けたものだ。

あたりは曲がりくねった坂道が続くため、観光客から「道がわかりにくい」という声が聞かれていた。このため「少し遊び心を入れた面白い看板を作ろう」と同会の山下兼俊副会長が発案。「道しるべ」は高さ1m幅60aの木製で、陸奥陽之助や近藤長次郎など海援隊士が「ようこそ! 亀山社中跡まで60m」などと書いたプラカードを持った図柄がなかなかユーモラス。修学旅行生が「道しるべ」と記念写真に収まる光景も見られ好評とのこと。亀山社中跡の案内役をつとめる本村清さんは「坂道の途中で一息ついてもらえれば」と目を細めていた。

「亀山社中跡を訪れる人々の気持ちに地元として応えていく」のが同会の基本理念。街づくりは、大きな仕組みを動かさなくても、ちょっとした工夫で楽しく進めることができる。

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(ながさきプレス平成13年1月号掲載)

龍馬をテーマに長崎ぶらぶら龍馬地図改訂版発行

───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、長崎市内に点在する坂本龍馬のゆかりの地などを紹介した『長崎龍馬地図(ながさき・りょうまっぷ)』の改訂版を発行した。

『長崎龍馬地図』は、平成3年7月に亀山社中跡を訪れる歴史ファンや観光客の要望に応えて「市内の幕末史にかかわる史跡や名所を気軽に探訪してもらえる」地図として同会が制作したもの。発行から9年を経過したことから、内容を見直し、新たなポイントを加えるなどして今回改訂版を発行した。

マップでは亀山社中跡はじめ風頭公園の坂本龍馬之像、料亭「花月」、グラバー邸など長崎の幕末史探訪に欠かせないポイント40カ所を写真入りで紹介。また、散策モデルコースとして「幕末への道」「維新への道」の2コースを掲載。これを片手に長崎の街をぶらぶら散策できるように工夫している。また、新たな紹介ポイントとして『龍馬のブーツ像』『司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑』の2か所を加えている。

『長崎龍馬地図』はA3版2つ折り、両面2色刷り。1部200円で長崎市南山手町の郷土民芸『オランダ館』(095−827−6616)で販売している。

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(ながさきプレス平成13年5月号掲載)

亀山社中跡活用で歴史文化が息づく魅力ある街づくりに

───亀山社中跡等整備活用検討協議会

「亀山社中跡」とその周辺地域の活用や整備方法についての検討を重ねてきた「長崎市亀山社中跡等整備活用検討協議会」が協議結果をまとめ、このほど「亀山社中の跡等の整備・活用に係る提言」を長崎市長に提出した。

同協議会(会長・宮川雅一長崎史談会長)は、昨年4月、平成元年から「亀山社中跡」を管理運営してきた亀山社中ば活かす会など地元・伊良林地区からの「亀山社中跡の公有化等について」の陳情を受けて長崎市が設置したもの。昨年7月から現地調査を含めて6回にわたって協議を進めて、その整備活用策を検討してきた。

協議会では「亀山社中跡を名実ともに長崎市を代表する歴史・文化資源とするため、ハード・ソフト面、点〜線〜面といった視点、交流・ネットワーク・まちづくりという観点、過去〜現在〜未来という時間軸にたって、その整備・活用策を提言する」として種々の施策を掲げて、短期、中期、長期の計画作成と実施を求めている。

具体的には、@亀山社中跡の公有化と整備 A亀山社中跡の管理運営の充実 B跡地周辺の環境整備 C地域の魅力の向上と活性化など6項目をあげており、特に、建物については「十分に専門的調査を行い、推定される限り当時の状況に近い形で復元することがのぞましい」とされているほか、公開についても「平日開放・時間延長に対応する体制の強化」を求めている。また、提言では、亀山社中跡のみならず「市内に点在する文化遺産や歴史的構造物の掘り起こしと活用、さらには、それらのネットワーク化を積極的に図り、本物の歴史・文化が息づく魅力ある長崎の創造に邁進することを切望している」としている。亀山社中跡がその先例となり、歴史の香り高い長崎の街づくりがさらに前進することが望まれるところだ。

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(ながさきプレス平成13年11月号掲載)

仲秋の名月 龍馬像の前で賑やかにお月見───亀山社中ば活かす会

亀山社中ば活かす会では、今秋も、恒例の「月見の宴」を仲秋の名月にあたる10月1日に、風頭公園司馬遼太郎文学碑(龍馬之像)前広場で開催した。

伊良林・風頭山は、春の花見やハタ揚げばかりでなく、長崎の人々に昔から「月の名所」としても親しまれている。この丘の後背に一層高く聳える長崎の名山「彦山(ひこさん)」から出る月は、江戸時代の文人・太田蜀山人をして「こんげん月は、えっとなかばい!」と言わしめたほど。この催しは、同会が年中行事復活の一つとして平成4年から毎年行っており、今年で10回目となる。

この日は天気が心配されたが夕方から晴れ間が広がり、午後7時前には、美しい満月が山の端から顔を出した。龍馬之像と司馬文学碑には例年どおりにすすきと団子が供えられ、お月見の風情を漂わせた。酒肴などを持ち寄り集まった人々は、その名月を愛でながら歴史を語り、また杯を交わすなどして、それぞれに秋の夜を過ごしていた。同会の針屋武士会長は「この10年で1番の見事な月になった。ささやかな行事だがこうやって長く続けていくことに意味がある」と10周年を迎えたお月見を振り返っていた。

市民がふるさとを見つめ直す機会になるとともに、さまざま人が集まる交流の場としても今後も続けてほしい行事である。

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(ながさきプレス平成14年1月号掲載)

維新ゆかりの地亀山社中跡で坂本龍馬生誕祭───亀山社中ば活かす会

 坂本龍馬が創設した日本最初の商社「亀山社中」の遺構活用を軸にまちづくりを進める亀山社中ば活かす会は、 11月18日(日)に坂本龍馬生誕祭を開催した。
 この催しは、坂本龍馬の生誕日であり命日でもある11月15日にちなんで、この時期に毎年行っているもので今回が13回目。

亀山社中跡庭内の坂本龍馬之像前での神事に会員や訪れた見学者など十数人が参列。 長崎を根拠地に維新回天の大事業を成し遂げようとした龍馬のさわやかな生き様に思いを馳せた。
神事のあとは、亀山社中跡を公開して来訪者に御神酒や飲み物が振舞われ、市民や観光客が歴史や街づくりについて語り合う楽しいひとときを過ごした。

 ここ数年は、龍馬だけでなく、長崎を舞台に「竜馬がゆく」などの名作を残した作家・司馬遼太郎の足跡を訪れる来訪者も多く、 会話の中には、東大阪市に開館したばかりの「司馬遼太郎記念館」や司馬さんが亀山社中跡に取材に来た折の話題も多く聞かれていた。
また、亀山社中跡に展示する古写真を見ながら志士達の姿や街並みの移り変わりについて語る場面も見られた。

同会では「地道な活動ではあるが、全国から長崎・亀山社中をめざして訪れる皆さんのために遺構の維持保存に力を尽くしたい。 より多くの方々のご理解とご支援をお願いしたい」と話していた。

(ながさきプレス平成14年1月号掲載)

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(ながさきプレス平成14年4月号掲載)

ゆかりの地長崎で司馬遼太郎さんの文学と人柄しのぶ───亀山社中ば活かす会

 亀山社中ば活かす会は、2月10日に第5回「長崎菜の花忌」を開催した。
 長崎菜の花忌は、長崎を舞台にした作品を残した司馬遼太郎さんの文学顕彰とその人柄を偲ぶ集りで、 毎年、命日の2月12日頃に長崎市風頭公園の「司馬遼太郎『竜馬がゆく』文学碑」の前で行なわれている。

 当日は、30人ほどが集まり、針屋武士会長の挨拶のあと、織田毅幹事が文学碑建立の意図と建立以後の経緯を説明。 また、昨年11月に開館した東大阪市の司馬遼太郎記念館の紹介も交えながら「今年は、小説「竜馬がゆく」の連載が開始されてから40周年になります。 この区切りの年に、あらためて司馬さんの文学世界とゆかりの深い長崎について考えるとともに、司馬遼太郎記念財団との連携を図っていきたい」と話した。

 続いて、恒例の作品朗読が行われ、地元・長崎の漫画家マルモト・イヅミさんが「竜馬がゆく」冒頭の「門出の花」の章から、 竜馬の旅立ちを描いた一節を朗読。朗読箇所について「歩き方に魅力のある人は大物というのが私の持論。旅立つ竜馬の歩くシーンが、 黙っているより行動を起こす彼の生き方に通じているようで選びました。それは、そのまま司馬さんの歩き方、生き方、考え方を 投影しているのではないでしょうか」と語った。このあと、全員で文学碑に司馬さんが好きだった菜の花を献花して式を終えた。

 同会によると、最近は、亀山社中跡に司馬さんの足跡を訪ねて来る人が増えてきたとのこと。 文学を切り口にしたまちづくりを考える機会として今後も続いてほしい行事である。

(ながさきプレス平成14年4月号掲載)

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(ながさきプレス平成14年8月号掲載)

愛嬌たっぷりのたぬき絵の「龍馬」 亀山社中跡に登場───亀山社中ば活かす会

 長崎市内で活躍している狸絵作家の堤けんじさんが、このほど「亀山社中」をテーマにした狸絵1点(額装)を亀山社中ば活かす会に寄贈した。
 亀山社中は、坂本龍馬が長崎・伊良林に創設した日本最初の商社であり政治結社としても知られる。 現在その遺構を「亀山社中跡」として同会が保存活用に取り組んでいる。今回寄贈された作品は、色鮮やかな水彩で、亀山社中をめぐる4つのシーンで構成。 てぬぐい大の広さで「龍馬はじめ隊士たちが亀山社中の玄関に入ってきた場面」「龍馬が柱に寄りかかりお酒を飲んでいる場面」「隊士たちが井戸で水浴びして いる場面」「狸の家族連れが『龍馬のぶーつ』のところでくつろぐ場面」が描かれている。 龍馬の座る傍らには金平糖やピストルが置かれ、窓の外には帆船が浮かぶ長崎港が見えるというなかなか心憎い演出も見られる。
 ときどき亀山社中跡にも顔を出すという堤さんは「狸の龍馬も本物に合わせて縮れっ毛にしました。 今後も龍馬や亀山社中を題材に描いていきたいですね」と話していた。 同会では、さっそく、作品を亀山社中跡に展示。早くも家族連れの見学者などの注目を集め好評を博している。
(ながさきプレス14年8月号掲載)

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(ながさきプレス平成15年12月号掲載)

画集「龍馬紀行」発行 たぬき絵30周年で龍馬の生涯を描く
     たぬき庵

 長崎市在住のたぬき絵作家・堤けんじさんが、このほど、たぬき絵誕生30周年を記念した画集「龍馬紀行」を発刊した。 堤さんは、くんちやハタ上げなど長崎の風物詩に取材したユーモラスなたぬき絵で長崎市民にはお馴染み。 今回は、自宅近くの亀山社中跡を訪れたことをきっかけに幕末の風雲児・坂本龍馬をテーマにした作品づくりを思い立った。
 約2年をかけて、生誕地の高知はじめ、京都、下関、鹿児島など16箇所で丹念にスケッチと取材を行い120点の作品を完成させた。 県内でも五島・有川町と長崎市で22箇所を描いている。
 堤さんは「龍馬の人物像、長崎との関わり、その33年の生涯をほのぼのと描いたつもりです」と話している。 画集「龍馬紀行」はA4版159ページ、カラー刷、コメント・解説付で1冊3000円。
※たぬき庵 095−821−9859


(ながさきプレス平成15年12月号掲載)

長崎幕末史番付に幕末の志士たちがズラリ160人も
     亀山社中ば活かす会

 地域の歴史を活かした街づくりに取り組む亀山社中ば活かす会では、亀山社中跡の一般公開を開始して15周年になることを記念して 「タペストリー長崎幕末史番付」を作成した。
 亀山社中跡は、龍馬が結成した日本最初の商社といわれる「亀山社中」の遺構の一部で、現在、同会が、 全国からの見学希望者のために週末などに一般公開している。 「長崎幕末史番付」は「幕末の国際貿易都市・長崎で活躍した人々をわかりやすく紹介するため」に、平成2年に作成したが、 見学者から「インテリアとして、また記念品として布製の番付がほしい」という要望が多く、15周年の機会にタペストリーにして販売することにしたもの。
サイズは、42cm×60cm、生地は帆布。幕末(嘉永6年1853〜慶応3年1867)に長崎で活躍した人々160人の番付を会のメンバーが独自でランク付けした。 100枚限定で、1枚千円。亀山社中跡で発売中。

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(ながさきプレス平成16年3月号掲載)

龍馬を撮影する上野彦馬の像完成───中通り商店街振興組合

 中通り商店街では、このほど「上野彦馬生誕地之碑」を建立除幕した。
上野彦馬没200年と商店街発祥333年を記念するもので、像は青御影石製。
高さ約70センチの彦馬と龍馬の像の間に当時の写真機を配している。
 中通り近くの彦馬の生誕地・銀屋町出身の三山実さんがボランティアで製作を担当。除幕式は1月23日に行なわれた。
設置場所は生誕地である銀屋町附近の同商店街界隈で現在調整中。 当面は、彦馬が初めて撮影を試みたゆかりの地・寺町の興福寺山門に置かれることになった。
 同商店街振興組合の田口博人副理事長は「地域の歴史を語り伝えるものとして、また街づくりにも役立てたい。 多くの市民や観光客が訪れてくれれば」と話している。
 中通り周辺には、龍馬ゆかりの亀山社中跡、上野彦馬撮影局跡、興福寺など歴史豊かなポイントが散在しており、 この碑の建立で歴史探訪がさらに楽しくなりそうである。

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(ながさきプレス平成16年4月号掲載)

長崎菜の花忌を開催 司馬さんの文学へ思いを新たに───亀山社中ば活かす会

  亀山社中ば活かす会では、2月11日、第7回「司馬遼太郎・長崎菜の花忌」を風頭公園で開催した。 この催しは、毎年の司馬遼太郎氏の命日(2月12日)を前に、その文学の顕彰と人柄を偲ぶ集りとして、 平成10年から「司馬遼太郎『竜馬がゆく』文学碑」の前で行っているもの。
 当日は好天に恵まれ、暖かな日差しの中、県内外からの参加者30人ほどが出席。
同会の針屋武士会長の挨拶のあと、織田毅幹事が文学碑建立の経緯を説明。 さらに「文学碑建立は一つのきっかけであり、日頃の活動の中で司馬文学の顕彰を継続することが大切と考えています」 と菜の花忌開催の意義を強調した。
 続いて、福岡県中間市の会員・樋口博美さんが碑文を朗読。
「私が入会したのは、この文学碑建立の頃。菜の花忌とともに会の活動に参加してきました」と挨拶した。
このあと、修学旅行で訪れた静岡県の女子高生や観光客も加わり参列者全員で司馬さんが好きだった菜の花を文学碑に献花し、 長崎を舞台にした作品を残した司馬さんを偲んだ。

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(ながさきプレス平成16年5月号掲載)

亀山文庫第10刊発行 坂本龍馬と亀山社中 親子で学ぶ長崎幕末物語

 亀山社中ば活かす会は、亀山文庫第10刊「坂本龍馬と亀山社中 改訂版 〜親子で学ぶ長崎幕末物語〜」を発行した。
同会では、亀山社中や長崎の幕末の歴史を紹介する小冊子を「亀山文庫」として平成3年から発行してきたが、 「龍馬と亀山社中のことをわかりやすく理解する資料が欲しい」という要望に応えて、 第1刊「坂本龍馬と亀山社中」(平成3年発行)の内容を見直し、第10刊「改訂版」として発行したもの。
龍馬の人物像、亀山社中・海援隊の組織や長崎での活動などを小中学生にも理解しやすいように内容を整理し、親子で学べる手軽な入門書として編集した。 同会の織田毅幹事が執筆。「長崎の幕末史に親しみ、郷土への関心と誇りを持つきっかけに」と話している。
A5版16頁、千部発行、1部三百円。長崎市伊良林2丁目の亀山社中跡で発売。

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(ながさきプレス平成16年8号掲載)

龍馬はカステラを食べていたのか?  亀山文庫第11刊発行

 亀山社中ば活かす会では、亀山文庫第11刊「龍馬に聞く〜亀山問答三十三問」を発行した。
龍馬ゆかりの亀山社中跡(長崎市伊良林)を訪れる市民や観光客から寄せられる疑問や質問の答える「問答集」としてまとめたもの。 同会の織田毅幹事が筆耕を担当。「坂本龍馬の初来崎について」と題する論文、龍馬や亀山社中についての解説も加えている。

「なぜ亀山社中というのか?」「龍馬は長崎で安全だったのか?」「亀山社中はどうしてこんな不便な場所にあるのか?」 「カステラは食べていたのか?」など実に多彩な疑問・質問があり、また気楽に読んで楽しめる内容になっている。
千部発行、A5版17頁、1冊300円で、亀山社中跡(土日祝日のみ開館)で販売。

同会では「長崎の幕末史に理解と親しみを持っていただくために役に立てば」と話している。

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(ながさきプレス平成16年9号掲載)

シリーズ三部作完結!!
  小冊子「龍馬の長崎物語」で幕末の長崎と龍馬を紹介

 亀山社中ば活かす会では、亀山文庫第12刊「龍馬の長崎物語」〜坂本龍馬と亀山社中V〜を発行した。 龍馬を主人公に、長崎独特の風物や当時最新の文物に取材したショートストーリーに歴史的な解説を加えてまとめた小話集で、 同会の結成15周年を記念して発行してきた「坂本龍馬と亀山社中」シリーズの第3弾である。
併せて、元海援隊士・関義臣の「海援隊の回顧」(抄)と、主な海援隊士を簡単に紹介した資料を付している。 会では「龍馬を通して、最新の情報や文物、多彩な人材が集まる幕末の国際貿易都市・長崎について親しみと理解を深めることに役立ててほしい」 と話している。

『龍馬とハタ揚げ』『龍馬、オーデ・コロンを買う』『龍馬、長崎の唄を歌う』『龍馬のカステラ修行』など多彩で楽しい内容になっている。
同会の幹事・織田毅著、千部発行、A5版 20頁、1冊300円で、亀山社中跡(土日祝日のみ開館)で販売。
第10刊「坂本龍馬と亀山社中」第11刊「龍馬に聞く〜亀山問答三十三問」(各300円)もあわせて発売中である。

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(ながさきプレス平成17年7号掲載)

長崎・龍馬通り
坂道の途中に可愛らしいレリーフ

 坂本龍馬が作った日本最初の商社「亀山社中」跡(長崎市伊良林)に通じる龍馬通りに、可愛らしい龍馬のレリーフをあしらった標識がお目見えした。
これは、風頭公園に立つ坂本龍馬之像の制作者である彫刻家・山崎和國さんが作成、まちづくりに活かしてと地元の亀山社中ば活かす会に寄贈したもの。

 同会では「新発見 龍馬の軌跡が道標」「幾万の魂ゆさぶる坂本龍馬」など会員が作った標語を添えて、亀山社中跡への坂道の途中15箇所に設置した。
「石段も楽しい標語を読みながら登ると、疲れも感じなくなる」と観光客の目を引いている。

 同会の山下兼俊副会長は「来年のまちあるき博覧会「長崎さるく博」を前にして、山崎先生のレリーフはピッタリ! 龍馬通りに新鮮さを添えてくださいました」と喜んでいた。

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(ながさきプレス平成17年11号掲載)

長崎・風頭公園
坂本龍馬像の前で月見の宴

 亀山社中ば活かす会では、長崎市の風頭公園で恒例の「月見の宴」を仲秋の名月にあたる9月18日に開催した。
「名月を愛でながら、長崎の豊かな歴史と文化、街づくりを語り合おう」と平成4年から毎年行われている。
お酒やお団子など参加者の持ち寄りでの気楽な集まりで、福岡や北九州からの参加者もあり約40人が長崎の見事な夜景とともにお月見を楽しんだ。

 この日はくもり気味のお天気で、午後7時すぎに顔を出した満月だったが、姿を出したり隠したり。参加者はそのたびごとに一喜一憂。
地元の会員手作りの美味しい料理に舌鼓を打ちながら夜遅くまで賑やかな宴が続いた。
参加者は「おいしいお酒を飲み、幕末の志士に思いを馳せた。いいお月見でした」「2年続けて台風で中止だったので、3年ぶりの名月です」などと話していた。

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(ながさきプレス平成18年2号掲載)

ソフトバンク孫社長
亀山社中跡に来訪
サインが見学者の話題に

 亀山社中跡に飾られたソフトバンク社長の孫正義氏のサインが見学者の話題となっている。
このサインは、福岡ダイエーホークス買収で九州を訪れた孫さんが、長崎・亀山社中跡に来館した際のもの。 色紙いっぱいに「志」の一文字を大書し、その下に鮮やかな筆跡で「孫正義」と書かれている。

 亀山社中跡は、平成元年から一般公開しており、訪れた著名人がサインを残している。
それらは館内の一画に展示されており、その中でも、「時の人」である孫さんのサインは、ひときわ目を引き、 広い年齢層の見学者から「孫さんの直筆だ!」と注目を集め、カメラに収める人も。
孫さん自身、大の龍馬ファンとしてよく知られており、ソフトバンクホークスのユニフォームには、 海援隊旗のデザイン(赤白赤)からとった黄白黄のマークが施されている。
案内に立つ亀山社中ば活かす会の山下兼俊さんは「孫さんは、多忙な中、亀山社中跡を訪れて、 今後の活動に向けて闘志を燃やしたのでは」と目を細めていた。

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(ながさきプレス平成18年3号掲載)

龍馬のストラップ長崎版を新発売
亀山社中跡の記念品に

 亀山社中ば活かす会では、このほど、亀山社中跡の新しい記念品として「長崎版龍馬の携帯ストラップ(根付け)」を販売した。
亀山社中跡では、てぬぐい、ポスター、絵葉書など龍馬や亀山社中のメンバーにまつわる記念品を販売していましたが、このほど、 来館者からの要望の多かった携帯ストラップを用意することにしたもの。
市内の絵はがき店竹下隆文堂が制作し、同会が企画段階から協力した。

長崎版の龍馬ストラップ(根付け)は、紅白の飾りひもに御馴染みのスタイルの坂本龍馬の人形が付いたデザイン。
龍馬の人形は、頭は総髪、白い袴にブーツを履いた亀山社中(海援隊)の姿。紅白のひもの色は、海援隊旗(紅白紅)のデザインにちなんだ。
ストラップ(1個500円)と根付け(1個400円)の2種類で、亀山社中跡で発売中。
このほか、市内みやげ品店でも販売。

商品に関する問合せは、竹下隆文堂рO95-847-1525まで。
(ながさきプレス平成18年3月号掲載)


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(ながさきプレス平成18年6号「まちづくりNEWS」掲載)

亀山社中跡閉館で近くに新たな展示場
さっそく連休は盛況

 亀山社中ば活かす会では、4月から長崎市伊良林に「亀山社中資料展示場」を開設した。
これは、坂本龍馬が創設した日本最初の商社「亀山社中」跡が3月に閉館したことに伴うもの。
龍馬ゆかりの地を訪れる人達のために、従来、亀山社中跡で展示していた龍馬はじめ海援隊士や幕末の志士、 幕末明治の風景などの古写真、龍馬の手紙の写しなど約50点を展示している。

 場所は、亀山社中跡から徒歩2分の若宮稲荷神社境内隣りで、案内板が設置してありわかりやすい。
ゴールデンウィークには、開催中の「長崎さるく博」参加者はじめ観光客などが多数訪れて、 資料をながめたり記念写真を撮影したりと賑わいを見せていた。

 見学者は「閉館は残念だが、ここで長崎の幕末を学ぶことができた」「亀山社中跡再開を期待して、 ときどき来ます」などと話していた。

開館は土・日・祝日の午前10時〜正午、午後1時〜午後3時。
入館料は無料だが運営のための募金を呼びかけている。

※亀山社中資料展示場 095−828−1454(開館日のみ)


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(ながさきプレス平成19年4号掲載)

司馬さんを偲び10回目を迎えた長崎での菜の花忌

 亀山社中ば活かす会は、第10回「司馬遼太郎・長崎菜の花忌」を2月10日、長崎市風頭公園の司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑前で開催しました。
長崎菜の花忌は、毎年2月の司馬遼太郎氏の命日近くに、その文学の顕彰と氏のお人柄を偲ぶ集り。

 当日は、同会会員ほか40人が参列。織田毅幹事が文学碑建立の発端やその経緯を説明。 「現在、司馬さんの文学碑は全国に15箇所あるが、長崎の文学碑が最初に建っている。10年を振り返ると感慨深い」と語った。

続いて、恒例の作品朗読が行われ、諫早高校高来分校3年生の村田千枝子さん、大村市の会社員・山崎一隆さんが、それぞれ文学碑の碑文と、 村田さんが「21世紀を生きる君たちへ」から、山崎さんが「街道をゆく」から一節を選んで朗読。
山崎さんは「司馬さんの作品を読んで、その着眼点に興味を持ちました」と話した。

 このあと、例年どおり、出席者全員で文学碑に、司馬さんが愛した菜の花を献花し、その文学世界を偲んでいた


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(ながさきプレス平成19年12号掲載)

ゆかりの若宮神社で
恒例の亀山社中幕末祭
龍馬の遺徳を偲ぶ

 11月11日、亀山社中ば活かす会では、第19回亀山社中幕末祭を開催した。

午前11時から亀山社中資料展示場の隣に位置する伊良林2丁目の若宮稲荷神社で龍馬生誕祭の神事を、また、 亀山社中資料展示場で来館者にお神酒とお茶のサービスが行われた。
坂本龍馬の生誕日であり命日でもある11月15日に因む催しで、同会が平成元年から毎年開催しているもので、 神事は昨年から坂本龍馬が崇拝した楠正成を祀る同神社で行っている。

神事は、拝殿に同会の針屋武士会長はじめ役員や関係者など10数名が参列。
なかには、当日、亀山社中資料展示場を訪れた北九州や熊本からの見学者も参列。
神棚に設えた龍馬の写真の前で、厳かにお祓いと玉串奉奠が行われ、龍馬の偉大な業績と人柄に思いを馳せた。


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(ながさきプレス平成20年4月号掲載)

司馬遼太郎さんの 次世代への言葉 小学4年生が朗読

 亀山社中ば活かす会では、2月11日、第11回「司馬遼太郎・長崎菜の花忌」を風頭公園の司馬遼太郎文学碑前で開催した。
この催しは、毎年2月12日の司馬遼太郎氏の命日近くに、その文学の顕彰と氏の人柄を偲ぶ集りで作品朗読や菜の花献花を行った。

当日は会員や市民、観光客など50人ほどが参列。
今年は文学碑建立10周年にあたり、作品朗読は地元・伊良林小学校の4年生が担当。大串航一くん、片山菫さん、濱本駿介くんの3人が、 司馬さんが小学校の教科書のために書かれたメッセージ『二十一世紀を生きる君たちヘ』を見事に朗読。
力のこもった朗読には、大きな拍手が贈られていた。

 このあと、全員で文学碑に「菜の花」を献花。また、昨秋、司馬遼太郎記念館から贈られた種から発芽した小さな菜の花も供えられた。


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(ながさきプレス平成20年10月号掲載)

NHK大河ドラマ「龍馬伝」決定を街づくりに活かして

 2010年のNHK大河ドラマの「龍馬伝」決定を受けて、龍馬ゆかりの地・伊良林で活動する亀山社中ば活かす会では、 地域振興の起爆剤にと期待を膨らませている。

同会は、長崎で唯一龍馬関係の資料を公開している「亀山社中資料展示場」を運営しながら、 平成元年以来20年間にわたり歴史を活かした街づくりに取り組んできた。

 今回のドラマでは長崎が主な舞台となり、龍馬ファンや歴史愛好家に限らず幅広く注目を集めると思われる。
早くも来館者からドラマの話題が口にされ、新たに発売した龍馬グッズのTシャツやタオルも好評。
同会では「伊良林には亀山社中跡はじめ龍馬のぶーつ、龍馬像と見どころも多い。ぜひ足を運んで歴史散策を楽しんでほしい」と話している。

 ドラマ「龍馬伝」は、来年8月にクランクイン、2002年1月に放送が始まる。


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(ながさきプレス平成21年5月号掲載)

龍馬ゆかりの地に亀山社中記念館 今年8月1日開館へ
長崎市亀山社中記念館

 幕末の風雲児・坂本龍馬が創設した日本最初の商社「亀山社中」跡に、この夏、記念館が開館することになった。

 亀山社中跡は、平成元年から地元の街づくり団体「亀山社中ば活かす会」が全国からの龍馬ファンはじめ多くの観光客のために展示公開を行っていたが、 3年前から閉鎖されていた。
長崎市では、NHK大河ドラマ「龍馬伝」の来年1月の放送開始を前に長崎の豊かな歴史の一面を代表する貴重な資源として整備し公開することにしたもの。

 内部は亀山社中結成当時の様子を再現するほか、龍馬の書簡や古写真などゆかりの資料を展示する。
また、未公開だった中2階の隠し部屋も見ることができる。
8月からは年中無休で、展示案内人も常駐する予定である。


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(ながさきプレス平成21年8月号掲載)

坂本龍馬之像 移転して除幕式
若宮稲荷神社

 「竹ん芸」で有名な長崎市伊良林の若宮稲荷神社境内に、坂本龍馬之像が移設され、7月5日、除幕式が行われた。

この銅像は、風頭公園の坂本龍馬之像の制作前に原型として作られたもので、ほぼ3分の1の大きさになる。
龍馬ゆかりの亀山社中跡に設置されていたが、幕末ゆかりの伊良林・風頭周辺の新たな見所にと同神社に移設された。

同神社は「亀山社中」に近く、幕末には龍馬はじめ隊士たちが参拝に訪れたと言われ「勤皇志士神社」としても知られている。
地元関係者は「来年の大河ドラマ『龍馬伝』と相まって、長崎の幕末に親しんでもらうために有意義。見学者で賑わうといいですね」と期待している。

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(ながさきプレス平成21年10月号掲載)

龍馬ゆかりの英語入門書 復刻版限定発売

 亀山社中ば活かす会では、慶応4年(1868)3月に、土佐海援隊が発行した英語入門書「和英通韻以呂波便覧(わえいつういんいろはびんらん)」 を復刻し販売した。

 この本は、いろは47文字の日本語と英語の発音や表記、数字・方角・季節・十二支など代表的な漢字の英語表記と発音など50頁にわたり掲載しており、 当時の初歩的な英語の教科書ともいうべき貴重な資料。
土佐海援隊長の坂本龍馬は発行前年に亡くなっており、その志を継ぐ海援隊士により発行されたものと思われる。

同会では、発会20周年を記念し、また、龍馬ら海援隊の業績を広く知ってもらうために、現在入手困難となっている同書を復刻した。
1部3千円 亀山社中資料展示場で販売中 限定50部。。

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(ながさきプレス平成22年3月号掲載)

坂本龍馬の胸像が伊良林・龍馬通りに凛々しい姿で登場

 亀山社中ば活かす会では、長崎歴史探訪路「龍馬通り」の伊良林側入口に「龍馬の胸像」を設置し、平成21年12月26日に除幕式を行いました。

 胸像は、風頭公園の「坂本龍馬之像」や亀山社中門前の「龍馬のぶーつ像」を手がけた長崎市の彫刻家・山崎和國氏制作のものでブロンズ製。
高さ49センチの胸像本体は山崎先生の寄贈。

「龍馬通り」の標柱の上に設置され、訪れる人々を出迎えて幕末史ゆかりの地を印象づけるものになった。

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