龍馬のぶーつ&文学碑について



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『龍馬のぶーつ』について

『龍馬のぶーつ』建立企画書

「龍馬のぶーつ」建立経緯


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司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑について

司馬遼太郎先生文学碑建立企画書

司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑建立経緯

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亀山社中創設130周年記念碑『龍馬のぶーつ』

 日本最初の商社「亀山社中」の創設130周年を記念して、日本の近代化の契機をつくった亀山社中の業績を讃えるとともに、 長崎・亀山社中跡を訪れる人々に長崎の歴史と文化についての理解を深め親しみを持ってもらうことを願って建立したもの。

制  作  


山崎和國  (日展会友)    建  立 亀山社中ば活かす会

仕  様  


本 体  ブロンズ製  高さ 0.4m 長さ 0.6m 幅 0.2m

      

舵 輪  ブロンズ製  高さ 1.6m 幅  0.8m     

      

台 座  鉄平石張り  高さ 0.3m 幅  1.2m 奥行 1.2m

除  幕  


平成7年10月28日

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亀山社中創設130周年記念碑
『龍馬のぶーつ』建立企画書

 慶応元年(1865)閏5月、幕末の風雲児・坂本龍馬が、長崎・伊良林の地に日本最初のカンパニー 『亀山社中』を創設してから、今年でちょうど130年目を迎えます。
 そこで、本会では、わが国近代化の契機をつくった『亀山社中』創設130周年を記念するとともに、 この地を訪れる市民や観光客に、時代を感じ、長崎の街の歴史や文化について理解を深めてもらうことを願って、 亀山社中創設130周年記念碑『龍馬のぶーつ』を建立することにしました。

 記念碑は、亀山社中の創設がわが国近代化の“第1歩”となったことから、題材に龍馬のトレードマークである “ぶーつ”を選びました。 そして、この『龍馬のぶーつ』は、ただ見るだけの彫刻ではなく、訪れた人々に実際に、履いてもらうことのできるものです。 市民や観光客のみなさんに、幕末史ゆかりの地に佇み、『龍馬のぶーつ』を履いて、 歴史の舞台となった長崎の街並みを見下ろしていただきたいと思っています。

 建立場所は、亀山社中門前に整備された歴史探訪路“龍馬通り”道路公園内の長崎の旧市街地を見下ろす一角を予定しています。 また、記念碑は、風頭の坂本龍馬之像を制作された日展会友の山崎和國先生(長崎市伊良林在住)に制作を依頼しており、 平成7年10月に除幕式を予定しています。

1 事業名   


亀山社中創設130周年記念碑『龍馬のぶーつ』建立事業

2 事業主体  


亀山社中ば活かす会

3 目 的   


亀山社中創設130周年を記念し、日本の近代化の契機をつくった社中の業績を讃えるとともに、 この地を訪れる多くの人々に、時代を感じ、長崎の街の歴史文化について理解を深めてもらうため。

4 建立場所  


亀山社中跡門前 歴史探訪路“龍馬通り”道路公園『(仮称)龍馬のぶーつ公園』内

5 記念碑   


龍馬のぶーつ
ブロンズ製『龍馬のぶーつ』 (高さ 0.4×幅 0.6b)を台座(高さ約 0.3×幅 1.2×長さ1.2 b) の上に設置する。また、海運・海軍で活躍した龍馬にちなんで、安全対策も兼ねた舵輪(支柱)を付設することにした。

6 制 作   


山崎和國氏(日展会友)

7 事業費   


募金により必要な資金を集める。

8 建 立   
  (除幕式)


平成7年10月28日(土)午前11時

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亀山社中創設130周年記念碑
「龍馬のぶーつ」建立経緯

平成7年

5月10日

役員会開催

記念事業の検討
記念碑「龍馬のぶーつ」建立の決定

6月13日

役員会開催

記念碑建立企画の決定

6月18日

役員会開催

市役所との設置場所協議
記念碑建立実施計画の決定
募金活動計画協議

6月23日

募金活動開始

趣意書発送、各方面への協力依頼

7月 初旬

記念碑制作開始

8月 5日

役員会開催

事業進行状況確認

9月 5日

役員会開催

事業進行状況確認
記念品の手ぬぐい意匠決定
除幕式の企画

9月12日

記念碑原型完成

本会役員の確認の後、鋳造に発注

10月 3日

役員会開催

除幕式企画・準備について打ち合わせ
台座設置工事について協議
来賓等の決定

10月 6日

除幕式案内発送

募金者及び来賓に除幕式案内状発送
関係者への除幕式開催通知

10月13日

安全祈願祭

記念碑台座設置工事

10月16日

台座設置工事着工

10月23日

台座設置工事完了

10月24日

記念碑設置完了
役員会開催


除幕式最終打合せ

10月28日

記念碑「龍馬のぶーつ」除幕式

11月14日

記念碑説明板設置

12月31日

建立募金活動終了

平成8年

1月31日

役員会開催

募金協力者銘板設置について協議

2月 9日

役員会開催

募金協力者銘板設置について協議
記念碑建立記念テレカ作成承認

2月24日

役員会開催

特別会計決算見込み報告

3月 1日

長崎都市景観賞受賞

3月12日

記念碑建立記念テレカ発売

3月13日

募金協力者銘板発注

4月 7日

総会開催

記念碑建立特別会計決算報告

4月25日

記念碑建立記念テレカ発売

寄付者銘板設置完了

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司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑について

 この文学碑は、高さ1.5メートル、幅3メートル、奥行き1.5メートルで本体及び添石三個は安山岩である。 碑文は、幅100センチ高さ70センチの黒御影の板石に刻まれている。 重さは、碑石2トン、礎石1.2トンで、施工は、長崎市上町の中山石材彫刻店にお願いした。

 本会では、文学碑は、碑に刻まれた作品の一節(文章)を読んでもらうことによって、 作家及びその文学について考えたり感じてもらうものであり、碑の形や意匠に特別な意味を持たせることなく、 碑文をきちんと読んでもらえるすっきりとした形にするべきと考えた。

 また、大きさも、設置を予定した風頭公園の状況を勘案して、ほぼ人の背の高さ程度で、横幅をそう広くは取らないものとした。

 このようなことで、素案では、やや幅の広い基礎石の上に碑文を刻んだ板石をはめ込んだ碑石を置く一般的な図面を描いた。 (財)司馬遼太郎記念財団も、建立承諾の段階で「つつましやかに、きちんとしたものを」という意向であり、それに沿った形となった。

 完成予想模型ができた時には、その写真を記念財団にお送りしたが、その際、同財団の上村事務局長から「皆様のお力が、センスのいい文学碑。 気分のいいセレモニーになりますでしょう」とコメントをいただき、スタッフ一同ほっとしたものである。

 文学碑は、風頭山から長崎市街を見下ろす坂本龍馬之像と対面する形で設置され、訪れた人は、龍馬之像を背に、また、 文学碑越しに長崎の街と港という奥行きのある風景を目にすることになった。 そのロケーションからしても、文学碑自体が自己主張するようなものでなく、碑文を読む人に「その場所で、司馬文学と長崎の歴史を感じてもらう」 演出になったと思っている。

 碑文は「竜馬がゆく」怒濤編希望の章の冒頭部分。 竜馬が亀山社中創設のため長崎港に船で入ってくる印象的な一節で、字体は太ゴチック体。末尾には司馬遼太郎直筆のサインを刻んだ。

 また、碑の裏面には同じ大きさの板石をはめ込み、建立趣旨、除幕年月日、建立資金拠金者二百人の氏名、 それに司馬遼太郎と親交のあった長崎の医史学研究家で長崎俳人会会長である中西啓氏の句「眼鏡橋片方(かたえ)に史話の夜長かな 萩置」を刻んだ。


文学碑の碑文は、次のとおりである。
 船が長崎の港内に入ったとき、
 竜馬は胸のおどるような思いをおさえかね、
 「長崎は、わしの希望じゃ」
 と、陸奥陽之助にいった。
 「やがては日本回天の足場になる」
 ともいった。
        司馬遼太郎『竜馬がゆく』より


『竜馬がゆく』は、司馬遼太郎の代表作としてあまりにもよく知られた作品である。 この作品が初めて世に出たのは新聞連載小説としてであり、産経新聞夕刊に昭和37年6月21日から昭和41年5月19日まで約4年間連載された。 連載開始の2年前、作者は『梟の城』で第42回直木賞を受賞し、その翌年には産経新聞社を退職して作家として歩み始めたばかりの頃であった。

 連載一年後に早くも文藝春秋新社(現・文藝春秋社)から単行本(第1巻「立志篇」)が出て、さらに多くの読者を得ることになった。 単行本としては全5巻(立志・風雲・狂瀾・怒濤・回天の各篇)、文庫本では全8巻の読み物として今も広く読まれるロング・セラ−であり、 永遠の青春文学である。その人気度の高さゆえに、昭和43年のNHK大河ドラマ(北大路欣也主演「竜馬がゆく」)にとりあげられ、 それ以後も数多く映像化されている。

 碑文に選定したのは、この「竜馬がゆく」の怒濤篇・「希望」の章の冒頭の一節で(単行本166頁、文庫本第6巻65頁、 慶応元年(1865)五月、坂本竜馬が亀山社中を結成するために長崎にやって来る場面。 竜馬が、それまで滞在していた薩摩から船に乗って長崎港に入ってくる。 そして、その船上で同志であり、のちに明治政府の名外務大臣になる陸奥宗光(陽之助)に語りかける印象的なシ−ンである。


 今回この文章を碑文に選定したのには、次の理由があげられる。

1 



長崎が「希望」の地であり、また「日本回天 の足場になる」という表現は、竜馬と長崎との強い絆、 そして幕末日本史上における長崎の歴史的意義を見事にとらえていること。

2 


文章自体が明るさに満ちあふれ、読む者に明日への希望と夢の大切さを感じさせること。

3 


常に前向きで逆境にも負けない坂本竜馬という人間の生きる姿勢、 そして自分の目標への限りない意思が、強く感じられること。

 また、文学碑裏面には、次のことを記した。

1 

建立趣旨

 


司馬遼太郎氏は、戦後日本を代表する国民的作家である。その優れた作品は、数限りない人々に夢と勇気を与えてきた。 そして、これからもそうあり続けることであろう。われわれは、司馬遼太郎氏の長崎における足跡を確かめ、その業績を顕彰するとともに、 長崎の街の振興に資することを目的として、代表作『竜馬がゆく』から一文を選び、ここに文学碑を建立するものである。
 平成十年二月一日
           亀山社中ば活かす会

2 

俳句

 


「眼鏡橋片方に史話の夜長かな 萩置」
 これは、生前の司馬遼太郎と親交のあった長崎の医史学研究家で長崎俳人会会長の中西啓先生の作品で、 眼鏡橋近くの司馬遼太郎いきつけの喫茶店での思い出を詠んだ一句。「萩置」は、中西氏の俳号である。

3 

文学碑拠金者名 200人分



 文学碑製作の経緯は次のとおり

平成9年

6月10日 

文学碑建立及び碑の概要決定

16日 

碑文の書体はゴチック体と決定

23日 

碑文決定

7月1日 

碑石探し

9月11日 

碑石探し・碑石決定

17日 

仕様書・設計書完成

27日 

完成予想模型出来上がる

10月2日 

設置場所決定

12月22日 

碑文及び裏面最終レイアウト決定

平成10年

1月6日 

碑文最終確認・彫り込み開始

8日 

設置工事安全祈願祭

10日 

裏面最終確認・彫り込み開始

19日 

基礎工事

27日 

据付工事

31日 

文学碑建立清祓い

2月1日 

除幕


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司馬遼太郎先生文学碑建立企画書

1 建立趣旨

 司馬遼太郎先生は、疑いもなく戦後日本を代表する国民的作家でありました。 先生の文学の世界は、『坂の上の雲』や『空海の風景』に代表される歴史小説にとどまらず、 『街道をゆく』をはじめとする紀行文、随筆、文明批評に至るまで、ひと言で言い尽くせない広がりと深さを持っています。

 その司馬遼太郎先生の作品の舞台として選ばれた土地は、全国広しと言えどもそれほど多くはありません。 幸いにして、長崎は、先生の代表作のひとつである『竜馬がゆく』はじめ『胡蝶の夢』『慶応長崎事件』などの作品の中で取り上げていただいています。 これらの物語では、主人公達の夢を温かく包み込むような長崎の街や港の表情が見事に描かれており、読者には忘れがたいものです。 「長崎は、わしの希望じゃ」と坂本竜馬が語り(竜馬がゆく)、松本良順は銅板画のように美しい長崎港に思わず息をのむ(胡蝶の夢)。 長崎をこれほどまで見事に描いた作家があったでしょうか。

 今年2月、司馬遼太郎先生を偲ぶはじめての「菜の花忌」を迎えて、私どもは今更ながらにその偉大さと作品の変わることない魅力とを認識する思いでした。 そして、司馬文学によって育てられた私どもが、その作品と世界の素晴らしさをひとりでも多くの人に知ってもらい、また、 次の世代に伝えていかなければならないと考えています。

 司馬文学を愛する私どもは、ここに司馬遼太郎先生の文学碑を長崎に建立することを希望し、計画いたしております。

 司馬遼太郎先生が長崎について書かれた一文を碑に刻み、長崎の街と港をみはるかす丘の上に碑を建てたい。 かつて司馬遼太郎先生は、取材のために何度かこの長崎を訪れておられます。 文学碑の建立によって、作品の中で竜馬や良順や伊之助を通して表現された、先生の長崎で抱かれた思いやお考えを偲ぶことができればと考えたのです。 さらに、毎年の「菜の花忌」には、司馬遼太郎先生を偲びながら、その文学とこの国の今後のすがたについて語り合う集まりをその文学碑の前で行えればと 思っています。

 司馬遼太郎先生の作品を愛する全国の多くの人々にとって、長崎の文学碑が、先生のお人柄と文学に思いを馳せる場所となることを願っています。

2 建立予定日

平成10年2月12日(菜の花忌)もしくはその前後を検討中

3 建立主体

亀山社中ば活かす会

4 後  援

長崎市、長崎ネットワーク市民の会

5 建立場所

長崎市伊良林 風頭公園内の港の見える場所を予定
(同公園は、市民の憩いの場で、春はハタ揚げや花見、秋は月見の名所。 また、同公園内には平成元年、坂本龍馬之像が建立されている。)

6 建立資金

建立趣旨に賛同する全国の有志に募金を呼びかけて資金を募る。

7 文学碑の仕様

(1)碑 文  「竜馬がゆく」から長崎を舞台にした一節を選定
(2)石 質  自然石
(3)規 格  銘板(石板)に碑文を刻み、本体にはめ込む形にしたい。

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司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑建立経緯

平成9年

3月7日

・亀山社中ば活かす会役員会  文学碑建立事業の発案

4月11日

・亀山社中ば活かす会役員会  司馬遼太郎記念財団への申し出を決定

5月13日

・司馬遼太郎記念財団に文学碑建立許可のお願い文書発送。

6月10日

・司馬遼太郎記念財団から連絡。文学碑建立了承。建立決定

6月16日

・亀山社中ば活かす会役員会  募金方法の決定・陳情書、企画書の検討

6月23日

・文学碑碑文決定
・長崎市長に陳情。 設置場所整備協力・名義後援
・長崎市の後援決定

6月25日

・長崎ネットワーク市民の会の後援決定

7月 1日

・文学碑建立募金開始

7月19日

・亀山社中ば活かす会役員会  文学碑見積もり検討・募金箱設置決定役員会開催

7月23日

・募金箱設置

9月 5日

・亀山社中ば活かす会役員会  建立予定場所変更

9月11日

・碑石及び礎石決定

9月17日

・文学碑仕様書、設計書完成

9月27日

・亀山社中ば活かす会役員会  除幕日程、募金状況、記念品について

11月10日

・亀山社中ば活かす会役員会  除幕式次第、記念品、募金状況報告

11月15日

・亀山社中幕末祭       亀山社中跡に文学碑完成模型を展示

12月 4日

・亀山社中ば活かす会役員会  除幕式次第、来賓決定、募金状況報告
ポスターチラシ作成決定、予算書検討

平成10年

1月 8日

・文学碑工事安全祈願祭

1月15日

・亀山社中ば活かす会役員会  除幕式準備について
司馬遼太郎忌実施について

1月19日

・文学碑建立据付工事着工

1月23日

・亀山社中ば活かす会役員会  除幕式準備について

1月27日

・文学碑据付完了

1月31日

・文学碑清祓い
・亀山社中ば活かす会役員会  除幕式準備最終チェック

2月 1日

・司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑除幕式

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