19世紀の結婚/Marriage au 19eme siecle

      <19世紀における結婚>

19世紀の結婚状況については、Le Mariage dans la societe francaise, に、 詳しく記載されている。この文献を引用している Mari et Femme dans la societe paysanne および La societe francaise de 1815 a 1848 - Le peuple des campagnes に書かれていたことを要約すると、以下である。
19世紀の結婚の特徴として
(1)1800年からは、結婚率は比較的安定していて16%から14% を保っている。結婚の平均年齢は、年々下降している。男子の平均結婚 年齢は、1826−1830年は、28,4才であったのが、1901 −1905年には、26,2才となっている。これに対し、女子は 25,8才対23,1才である。 ちなみに、1861−1864年の平均結婚継続年数は、28年6ヶ月で、 この数字は18世紀のそれに近いものであると推定される。(1960 −1964年は、42年4ヶ月/ Loir-et-Cher県)
(2)mariage consanguin と呼ばれる、姻戚婚が多い。常に全結婚数の 3,5%以上を占めており、Finistere県では、5−6%にも達している。
(3)族内婚の目的は、特に地方では、土地所有権の獲得や、所有面積の 拡大あるいは分散化を防ぐことにあり、家の経済的要因に大きく依拠する ものであった。

また、HISTOIRE DE LA VIE PRVEE によるば、(十九世紀の)「結婚率は高く、 比較的安定している」とあり、それが16%前後となっていて、前掲書の数字と ほぼ一致してる。この数字が高いというのは不思議かもしれない が、結婚には身分の問題があり、持参金が必要だったりしたため、望んでも結婚 できない人たちがいた。貴族階層やブルジョワ層だけを見たら、結婚率はもっと 高いと思われる。面白い話として、郵便局で働く女性。郵便局で働く男性は専業 主婦を望んでいたので同僚とは結婚しない。一方、郵便局で働く女性のほうは、 労働者と結婚したがらないので、結局、相手が見つからず、独身のままが多かった というような例があげられる。
貴族階層における結婚には、イギリスとフランス間では大きな相違があり、 イギリスでは結婚適齢期になると、娘は女性としての人生が始まるのに対し、 フランスでは結婚してから、初めて自由な女性としての生活が開花し、女主人 としてオペラ座や劇場に登場し、レセプションを開いき社交界で活躍する。夫 と妻の関係は、それぞれに自分の生活を中心に暮らしていて、パラレルなもの であった。 イギリスの地方貴族の場合は、16才から25才の娘をもった家族は、一家 総出で城を去り、冬の間の4ヶ月というもの、ロンドンに借りた家から、着 飾った娘(髪を素晴らしく結い上げ、肩を露出した装いの)を、劇場や舞踏 会でデビューさせ、より理想的な結婚相手を探すということがあった。 これに対し、フランスの地方貴族の場合は、幼い頃は家庭教師を雇い、その後 娘をパリの有名修道院の寄宿学校に入れる。そして16,7才頃から、家の血 筋の系列や地位、財産に応じた結婚相手を捜す、という形が一般的だった(ジョ ルジュ・サンドの場合も例外ではない。ちなみに彼女の結婚は18才。)。 デビューの仕方は、イギリスのようにやはり着飾って、レセプションで有望な 男性の紹介を受けたり、母親と馬車に乗って森を散策し、美貌をアピールする という手段をとった。 しかし、イギリスでは、あくまで娘自身の美貌と男心を捉える様々なテクニック が結婚の決め手となったのに対し、フランスでは、注目の的となったのは、娘 よりむしろ、良い血筋を保つために花婿を選ぶ花嫁側の母親だった。未来の花婿 にとっては、いかにして社交界のトップ権力である娘の母親に気に入られ、その 娘と結婚して社交界で出世していくかが中心的課題だったわけである。 この傾向は、1830年を境として少しずつ変化し、社交界中心であった既婚 女性は、家の管理や子供の教育に時間を割くようになり、ブルジョワ型女性の 傾向を強めていく。(Cf. Paris a l'epoque de Balzac et dans la "COMEDIE HUMAINE" - La ville et la societe )。いずれにしても、貴族階層における 結婚は、愛情より家系存続のためという社会経済的事由が優先され、ある意味 では、娘たちは男性帝国主義の犠牲者であったともいえるだろう。

愛情を伴わない結婚の不幸を描き、19世紀男性中心主義の社会を糾弾した George Sand の作品「INDIANA」(1832)は、女性の結婚における悲劇を 描いたサンドの出世作である。

2001年5月                  西尾治子

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