第二の扉

第一部:四季とのんびり遊ぶ


 自然と遊ぶのに、遠くに行く必要はありません。
 身近な散歩、近くの公園、隣のうちや街路樹でも自然は季節を教えてくれます。 街路樹のプラタナスや、ハナミズキの四季を
 見ているだけでも十分遊べます。
 どうしてこういう名前かな、どうしてここに植えられたか……を考えるだけでも
 楽しいものです。
 また何で、こんな樹木を選んだのだろうと思うのも大事です。
 又花や虫を見たら、遠くから眺めていないで近くによって見ると新しい顔を見せ
 てくれます。
 筋肉を鍛えるだけなら、お堀の周りの排気ガスの中でアスファルトの上を走るのもいいですが、
 心を鍛えるのならのんびり、いい空気の中を散歩したほうがいい気がします。
 車で走っているときには、気がつかない季節の変化を自転車は教えてくれます。歩いていると、自転車では気がつかない発見が
 たくさんできます。
 止まってしゃがむと、歩いていると気がつかない物が見えてきます。

歩きながら少しずつ、自然環境を気にしてください。
去年花が咲いていた街路樹に今年は花が咲かない……。
暖かい地方にしかいない、チョウやセミが最近見るようになってきた。
その「なぜ?」の「?」を気にしてください。
一人一人が気にし始めたとき、環境は大きく変わるはずです。
あなたが砂漠に木を植えに行く時間がなくても、近所で同じようなこといくらでもできるはず。
その一人一人の身近を気にする人を増やしたいですよね。

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そうだ公園に行こう……。大きな公園に行くと色んなマニアを見ることができます。
1=長い望遠レンズのついたカメラを持ち、迷彩服を着た集団がいます。彼らは「野鳥観察」をしている人たちです。彼らのなかには、最近流行りの「バードサンクチュアリ(囲いを作り、覗き穴から鳥を観察できるようになっている施設)」に集まっています。彼らは、覗き穴をカメラで占領しています。そして自分たちはカメラを置き放しで、ベンチに座りタバコを吸いながら談笑しています。覗き穴の前には高級そうなカメラが置いてあるので近寄りにくくなっています。
2=腐った果物などを酒に漬けたものを持ち、木になすりつけているヒトがいます。彼らな「昆虫マニア」です。その臭い液体を目指してくる虫たちを採集するのです。もちろん虫を捕ったあとはそのままにしているので、周りは臭い状態で、ハエなども多く集まっています。また標本を作るために、チョウなどを幼虫から育てるヒトもいます。見たことがありますが、箱の中に同じチョウがごそっと並んでいました。「一匹でいいんじゃねえの」と思いますが、彼らはそうではないようです。「日本人は昆虫標本を嫌う。これは宗教的なものと妬(ねた)みからくる……」みたいな発言を読んだことがあります。宗教はあるかなと思いましたが。妬みはないね。妬みはそっちの仲間内の話では、と思いました。昆虫標本の教育的な必要性は分かっています。でも私は死骸を見ているより、生きて動いているのを見るのが好きなだけですから。彼らの気持ちは分かりません。これは私がセロリが嫌い……と同じ論理と考えていただいても結構です。
3=植物園に行くと「1」と同じようにカメラを持った集団がいます。彼らは柵の中に三脚を入れ、写真を撮っています。狭い通路に三脚を立て通行の邪魔をします。その木の花にいい光が回ってくるのを待っているので、時間が掛かります。その間一般人は不便を強いられます。
まだまだ色々いますが、飽きてきたのでこのくらいで。なお上記の「彼ら」「マニア」……たちは、みなではなく、その中の一部であることを明記しておきます。
本当は、虫屋(虫の好きな人たち。以下同じ意味)、鳥屋、魚屋、花屋などマニアが冷静に仲良くし(お互い譲るところは譲ってね)、ちゃんと考えたら、自然なんか役所が考えるより、すぐよくなるんだけどね。
 

 


 「春」
サクラの花見に行ったら、上ばかり見ないで足下のタンポポを見てみましょう。 他にも小さな花がたくさん咲いている事に気がつきます。
花菖蒲を見に行ったら、花ばかり見ないで水路を見ましょう。
今年孵ったばかりの小魚や、オタマジャクシからカエルになったばかりの小さいのがたくさんいます。
花壇の花を見れば、いろんな虫たちを見ることができます。
もし魚や虫がいない公園は、注意が必要です。
虫や魚がいない環境が、人間にいいはずがないと思います。
ドンドン街を歩いて、木々の葉の緑の鮮やかさに驚きましょう。
ツバメが飛んでくれば夏も近いぞ。
 「夏」
春から夏の間は色んな魚や虫たちが、孵化や羽化をします。
自分の家に池(金魚や鯉の池じゃないからね。いわゆるビオトープ関連ね)や、 チョウの食草が植えてあれば、目の前でそれらを見ることができます。
見損なったら、来年まで見ることができないから真剣に見ましょう。
☆セミの羽化は夜の公園で、チョウやトンボは朝早く。カマキリの孵化も朝が多いぞ。
みな鳥に狙われないように工夫をしているんだね。
羽化したての昆虫は、すごくきれいだ、飛び立つ瞬間まで見て感動しよう。
それで標本を作ろうなんて思わないようにね。標本は博物館で見ることができる。
夏は、やはりアサガオを育てる気持ちは大事だ。季節を大切にしようね。
 「秋」
花や草や木の実や種を見に行こう。
自然の、花や草や木の実や種を見ているだけでも面白い。モミジバフウやカエデの実や種は素敵だぞ。
勿論植えるスペースがある人は、それらを拾って帰り埋めてみよう。
小さな種から芽が出て花が咲く不思議さを感じることができる。
秋は、カマキリの卵を探すのも面白い。
卵を持ってくれば、来年の5、6月頃孵化をするところが見れる。
ただし孵化したあと、ちゃんと放して育つ場所が近くにあることが条件だからね。
普通の家庭で、生き餌をやりながら飼うのは大変だからね。
これはオタマジャクシをカエルにしたときも同じ。「命」を遊ぶのはやめようね。
 「冬」
雪の中のヤツデの花や色々ある赤い実。寒くても植物は元気だ。
でも池の中や土の下には、冬越しをしているたくさんの生き物がいることを忘れないように。
この時期に落ちているドングリでも、生きている可能性がある。
プランターに埋めてみよう。春に芽を出す確率は大きい。
この時期は動いている物が少ないから、バードウオッチングなんかいいかも。
ただ「バードサンクチュアリ」なんかに行くと、大きなレンズを付けたカメラマンが覗き窓を占領しているから、
早起きして場所をとっちゃおう。ついカメラに触ったりしたらカメラマンは怖いぞ。
水鳥たちに餌をやると面白いけど、本当はいけないんだろうな。

第二部:ビオトープから自然を考える 
●ビオトープをつくる。

☆ベランダに、小さな地球を作る☆
まず身近に、「池」を作ります。太陽の光を浴びた池の水には、やがて植物性プランクトンが発生します。
そのうち、自然に動物性プランクトンが発生してきます。
動物プランクトンの卵達は、風で運ばれてきたり、鳥の足について来るそうです…。
ベランダで、地球の生物の誕生の様子を見ているような気がします。
少し時間がたてば、周りに植えたの植物に虫たちも自然に集まってきます。
虫が集まってくれば、そこに鳥たちも集まってきます…。
トンボも水面に照らされた太陽の光を目指して、卵を産みに来るはずです。
その池に、メダカなどの小魚を入れれば、「植物性プランクトン」・「動物性プランクトン」・「メダカ」の「食物連鎖」を見ることができます。
池にホテイアオイを浮かべたり、中の植木鉢に、アシ(葦)などの水辺の植物を植えておくと、池の水がきれいな状態を長く保ちます。多分自然界の循環が、働いているのだと思います。

第一部の「ベランダ池の作り方」は、水面積を広くとるため、又多様な生き物を同居させるためにコンクリートパレット(プラ舟)を薦めていますが、水鉢や火鉢を使えば和風なお洒落な物も作れます(ただし、この場合飼う種類は限られます)。
また、「ベランダ池」は、自然界のサイクルの一つであり、池の周りには食草などを植えることを提案しています。

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「虫メガネ研究所」で「ベランダビオトープ」を紹介しているのは、これがビオトープの第一歩だと思うからです。
「ベランダビオトープ」でも、最小限度の「自然」を作ることができます。
学校や公園に、観賞用目的だけの生き物を飼ったり花を植えるのより、
地域の自然の物をそこに持ってくれば、そこにビオトープを作ることは可能です。
街の中に幾つも作れば「ビオトープネットワーク」ができるし、それらを緑道でつなげれば、「エコロード」ができる。
前者はトンボやチョウチョ、後者は、バッタや歩く生き物たちのため。
虫たちが元気な場所なら植物も元気になるし、鳥だって獣だって育つことができる。
獣だけを育てたって、植物は元気にならないからね。
ビオトープを作ったと言って、隔離された空間を一つくらい作ったって意味がない(やらないよりはいいけどね)。
そういうのを「動物園」という。
*日本の「動物園」を非難するヒトがいます。記憶で言うと非難したのはイギリスだったかな?
もし、そうなら「狐狩り」をしている人に言われたくないよな。
ついでに言えば、アメリカでは毎年シカを、560万頭、オーストラリアでは、カンガルーを200〜300万頭間引きしているそうです(こういう国が、ヒトの国の文化に口出しをするのは可笑しいぞ)。
私は、動物園が好きです。

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ビオトープというのは生物を表す「bio」と、空間を表す「top」を合わせて作られた言葉で、
日本では、「生物の生息空間」とか「その地域固有の生物の生息空間」、と訳されています……。
要するに、当たり前の自然の風景のことなんだけどね。
この時期、わざわざ真剣に「ビオトープ」を作らなくてはいけない事を考えたいね。
この「ビオトープ」ってやつを、自然保護や生物保護の目的ではなく、箱庭とかの感じで遊べるスペースにしたいよね。

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Q?(Q1〜Q8のうち。Q1、Q7以外は、3つ以上答えてね)
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☆流行りの「ビオトープ」をやたらと作る前に「自然」について少し考えましょう。
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Q1=いわゆる「自然界」って何のこと?
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*「自然」というと「地球環境」を思い出すので……。
Q2=今の地球環境問題で、一般的に言われていることは?
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*Q2で今の地球環境で、問題になっていることが分かりました。
Q3=でもそれが全部なくなったらどうなりますか?
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Q4=生物をとりまく5つの環境は?これが一つ欠けても人間は生きていけないぞ。
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Q5=「自然」というと「森」なので、森の働きって?
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Q6=では、森林がなくなるとどうなる…?
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Q7=なんで植物が必要なの?
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Q8=今度は自然保護を考えよう。今問題になっている各地の「自然保護」は?
・国内?
・世界?
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Q9=それなら動物保護も考えよう。今問題になっている、「動物保護」は?
・国内?
・世界?
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*エコサイクルを考える。
Q10=「エコサイクル」ってなんのこと?
・「エコサイクル」の「生産者」「消費者」「分解者」とは何?又それらの働きは?
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☆これらの答えは、新聞や辞書を見ればでています。
でもみな「バランス」なんだって分かるよね。
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☆これらを考えると「食物連鎖」をもう一度考えたくなる。
「食物連鎖」は、図解にすると分かりやすいから自分で描いてみてね。

(例):野鳥のシジュウカラは、一羽が一年間虫の幼虫を、1.5kg(85000匹)を食べるというデータがあります。
アゲハの幼虫は、さなぎになるまでに一匹が柑橘類の葉を50枚以上食べるというデータがあります。
また、ライオンはヒト月に4頭くらいの草食動物を倒しているという計算があります。
その草食動物は、ヒト月に200kg以上の草や葉を食べているそうです。
水族館のイルカは、一日20kgの魚を食べるそうです。これは一年間で7300kgという計算になります。
その魚の餌が……と考えるととんでもない量の餌が必要なわけです。
これで食物連鎖のピラミッド図形の底辺がすごく広くて、先がすごく細い三角形の方が自然界のバランスが取れていることが分かる。
形とすれば、実験で使う「漏斗」をひっくり返したみたいなものだね。
*上記数字はあくまで曖昧な記憶の中のメモのデータ計算上の話。
近所にいるライオンが実際に食べた量ではありません。
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(参考)「水産庁捕鯨班」のHPより
http://www.jfa.maff.go.jp/whale/indexjp.htm
想像以上に大量の魚を消費している鯨類(平成11年度版漁業白書より)
http://www.jfa.maff.go.jp/kakubu/kanribu/enyouka/hogeihan/column/oogui.html海の中では,プランクトンを魚が食べ,それをさらに大きな魚などが食 べるという「食物連鎖」が常に行われています。近年,我が国やノールウェーの鯨類捕獲調査(調査捕鯨)で,この食物連鎖の一番上にいる鯨類が,さんま,さば,いわし,するめいか,にしん など漁業の対象魚を想像以上にたくさん食べていることがわかってきました。たとえば,体長7.5mのみんくくじらの摂餌量は,北太平洋では1日当たり131〜186kgと推定され,多くは主に魚介類を食べていると考えられ ます。他方,みんくくじらやまっこうくじらなど従来から資源量が健全で あった鯨類が,商業捕鯨の一時停止措置(モラトリアム)により,大幅に増加しています。日本鯨類研究所が試算したところ,世界の鯨類が1年間 に食べる魚などの量は,2.8〜5億トンと,世界の海面漁業の漁獲量(養殖を含めて約9,000万トン)の3〜6倍にも達しています。21世紀には,世界の人口増加に食料生産が追いつかないことが心配されている一方で,漁業においては過剰漁獲の是正が 国際的な課題となり減船が必要になっています。 こうした中,我が国は, 鯨やいるかを単に保護するのではなく,魚など他 の生物とのかかわりを考慮しながら持続的に利用すべきであると国際捕鯨委員会などで主張しています。
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(参考)「水産庁捕鯨班」のHPより
=よくある質問と答え=
http://www.jfa.maff.go.jp/whale/document/faq.htm

Q6:クジラを食べなくても他に食べ物があるではないか?
A:まず第一に、捕鯨の問題は食べるものが有るか無いかと言った単純な問題ではない。科学的にも、法的にも正当な捕鯨が、世 界的に認められている持続的利用の原則に反して否定されてきたと言う大きな問題がある。 第二に、過剰保護による鯨類の増加が漁業資源に悪影響を与えている可能性が高くなってきている。今や、鯨の問題は漁業全 般の問題になっており、鯨を食べるか食べないかの問題に止まらない。 第三に、今後も人口増加が避けられないことから、食糧確保のオプションはすべてオープンにしておく必要が有る。捕鯨問題 に見られるように、特定の動物を特定の価値観に基づき世界中で利用を禁止する様なアプローチは認められるべきではない。 最後に、食は量さえ足りれば何を食べても変わらないと言うものではない。世界各国の民族は、それぞれの生活環境、自然、 そして歴史に基づく食文化を発展、維持させてきた。文化の重要性は、たとえその文化が日常的なものでは無くなっても、減 少するものではない。近年日本人は滅多に着物を着ないが、着物が日本文化であることに異論はないはずである。 

Q7:クジラは特別な動物とは思わないか?
A:鯨に限らず、すべての動物が特別である。すべての動物がかけがえの無い生命を持ち、長い地球の歴史の中での進化を受けて 現在の姿で存在している。そして、すべての動物が食う食われるの関係で生態系の中での役割を果たしている。人間もこの生 態系の一部であり、他の生物の命をいただくとで生存している。われわれはすべての生物を利用するにあたって、その命の大 切さを噛みしめながら利用する義務が有る。 他方、人間は様々な民族や国民が様々な生き物に特別の地位を与えている。一般に食糧とみなされる牛も、インドでは神聖な動物である。日本でも金華山ではシカが神の使いとされているが、フランス料理ではシカは普通のメニューである。ある民族 や国民が、自らの特定の動物に対する価値観を他の民族や国民に押しつけることは、「文化帝国主義」と呼ばれる行為で許されるべきではない。しかし、捕鯨問題ではまさにこれが行われている。 鯨類の「特別さ」についての神話については、本文で述べた通りであるが、「スーパーホエール」を信じ込んでし まうのではなく、すべての生物を客観的に理解する努力が必要なのである。
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ここでクジラを例に出したのは、捕鯨に反対賛成の話ではなく、「食物連鎖」の話の例です。「自然保護団体」のやり方で、一つの種だけを保護する運動がありますが、地球の生き物は全て「エコサイクル」「食物連鎖」の中で生きています。例えば今人間や朱鷺がいなくなっても、地球の自然環境にはほとんど影響がないはずです。
でも「虫」がいなくなったら、瞬く間に地球の生き物は消滅してしまうことになります。
これは、虫という大きな分類ではなく、「アリ」だけでも言えると思います。
アリは、死んだ生き物をを運んでくれる…これも大事ですが、そんなことだけではないのです。
「シロアリ」は、家庭では嫌われますが「森」にとっては大きな働きをしています。
朽ち木を小さくしなくては、「分解者」である微生物は朽ち木を分解できません。
それは土壌に影響を与えることになり、植物は育ちにくくなります。
「生産者」である植物が育たなければ、「消費者」である「動物」は生きていくことができません。
目の前のクジラ(これは、ジュゴンでも珊瑚でもいい話)を守るためには、まず山の森を整備することからはじめなくてはいけないと思います。
極端な話、山の森を整備し生き物を育て、ミネラル分の多い川にすれば海まで豊かになります。
地球の生き物は全て「エコサイクル」「食物連鎖」の中で生きています。
何が「自然」なのか、誰のために自然なのか……考えたいよね。
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ある日、歩きながらコンビニの袋を何気なく道に捨てる。
袋は風に乗り川から海まで流れた。
たまたま、通りがかったウミガメがその袋を飲み込んで死んでしまった。
袋を何気なく捨てた奴は、ウミガメが死んだことは知らない。
でも知ったら、イヤな気持ちになるし二度とやらないよね。
自然保護って大げさなことも大事だけど、こんなことを考えることから始めてもいいのでは?
ここのコンセプトは、「自分の身近な自然を気にすることから始めよう」だからね。
「自分の身近」が集まれば、グループ、街、国、世界…と広がっていけるはず。人間は自然界の一つの部品でしかないけど、地球を良くも悪くもできるのは、人間なんだからね。
もう少し自然と仲良くして、自然に遊んでもらうようにしてもいい時期なのではないかしら?

 
 

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