<最近のパレスチナ情勢>

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レイチェルさんを称えます、そして家屋破壊をやめさせよう ジェフ・ハーパー イスラエル家屋破壊阻止委員会 イスラエルの「家屋破壊阻止委員会」は、全イスラエルの平和団体や人権運動団体とともに、ガザで亡くなったレイチェル・コリーさんに心よりの哀悼をささげます。また、ご家族、友人の方々、国際連帯運動(ISM)のみなさんに対しても同様の哀悼をささげます。 イスラエルが行っている非道な家屋破壊政策のせいで殺害されたのは、レイチェルさんが最初ではありません。Nuha Makadma Sweidanさんとおなかの赤ちゃんがガザで殺されてから、まだ二週間とたってはいないのです。イスラエル軍の工兵部隊が近くの家を爆破したとき、「たまたま」彼らの家を破壊してしまったのでした。その数週間前には、軍隊が「通知を忘れて」いたために、ガザに住む老女と障害のある男性が破壊された自宅の下敷きになって命を落としました。 これらの出来事は、単なる事故ではありません。イスラエルは組織的にパレスチナ人の家屋を破壊しているだけでなく、家財道具までぶち壊しています。そして何のためらいもなく、「安全のため」という空疎なスローガンにしたがっているのです。 壊されていく家屋のほとんどすべては、テロ活動とは何の関係もありません。この事実は、ぜひともおさえておいてください。国連によると、1967年10月の占領開始後に破壊された家屋10,000軒のうち、安全面での疑惑がもたれていたのは600軒以下でした。残りの94%は、イスラエル軍の通り道に建っていたという以外、何の問題もない家だったのです。 Samir Nasrallahさんの家もそうでした。レイチェルさんが命をかけて守ろうとした家です。Nasrallahさんは、いかなる敵対行為にも参加していませんでしたし、責めをおうべき理由も何一つありませんでした。しかしNasrallahさんの家は取り壊されました。人口が密集する難民キャンプの同じ場所にあった他の数十軒も、ブルドーザーで押しつぶされました。そこが「安全地帯」の中に入っていたからです。イスラエルはエジプト国境にそって、「安全地帯」を作ろうとしているのです。Nasrallahさんには何の補償もありませんでした。法廷に訴えるチャンスも与えられず、代わりの家をもらうこともできませんでした。 家を壊された人々は、寄る辺を失って貧困にあえぎ、悲惨な境遇に投げ込まれます。この政策は非合法です。占領軍による家屋破壊は、国際法によって禁止されているからです。 それなのにどうしてイスラエルは、このような冷酷な政策を推し進めるのでしょう。この政策は、憎悪を生み出すだけではないでしょうか。 第一に家屋破壊は、パレスチナ人を明日の見通しも立たない陸の孤島におしこめ、イスラエルが膨張する入植地を通して、西岸地区とガザの全域を統制下に置くことをめざしています。 第二にイスラエルは、家がパレスチナ人にとって聖域ともいえる場所であることを知っています。パレスチナ人にとっての家とは家族の核となるものなのです。家を破壊してしまえば、占領に抵抗しようとする彼らの意思をうち砕き、強制移住先での生活を受け入れさせることができるでしょう。 第三に家屋破壊は、この地域全域の領有を求めるイスラエルにとっては、強制退去を組織的に進めるための主要な手段なのです。 占領政策に反対するのはもちろんですが、この最後の理由こそが、私たちイスラエルのピース・キャンプが家屋破壊に反対する動機になっています。私たちは、自分の体を使ってブルドーザーを押しとどめ、パレスチナ人の家が壊された場合にはそれを建て直しています。レイチェルさんも同じことをやっていました。 私たちイスラエルのユダヤ人はこのような活動をすることによって、パレスチナ人へのメッセージを伝えています。「私たちはあなた方の存在を認めており、あなた方にはこの国に暮らす権利があると信じています。私たちは双方の権利を尊重しつつ、あなた方と共に暮らしたいのです。私たちは公正な平和に基づいた共通の未来をさがし求めています。私たちは敵対を拒否します」 レイチェルさんはイスラエル人ではありません。彼女は国際連帯運動(ISM)のメンバーであり、私たちと一緒に国際市民活動に参加していました。レイチェルさんは、すべての人には生まれながらにして人間としての尊厳と権利があるという考えを何よりも大切にしていました。この「権利」には、国を持つ権利も含まれています。彼女は、占領政策がパレスチナ人におこなっている暴力に非暴力で対抗しました。 占領地域にあっては、超えてはならない一線が非常識なまでに高いところに設定されています。何がおこってもおかしくない状態なのです。ガザのラファ地区では、パレスチナ人の家60軒が破壊されました。レイチェルさんがいたのはこの地区です。1年前に破壊作業が始まった時も、騒がれることはほとんどありませんでした。この2年間で400人のパレスチナ人が命を落としています。 その4分の1は、子どもや若者です。負傷者は22,000人を数えます。5歳以下のパレスチナ人のうち、30パーセントが栄養失調に苦しんでいます。引き抜かれ、切り倒されたオリーブや果樹は500,000本にのぼっています。今やイスラエルは、500マイルにおよぶ壁の向こう側にパレスチナ人を押し込めています。ベルリンの壁でさえこれほど長くも高くもなく、これほど要塞化されたものでもありませんでした。信じられないような事態です。それも私たちの目の前でおこっているのです。このような事態を何とかしようとする人がいるのでしょうか? レイチェルさんは何とかしようとしました。 同Gush Shalomのサイトより Andrew Watt 17th March 2003 Farewell to Rachel Corrie それより大きな愛を持つ女はいない そう,友のために命を捧げる さよなら,勇敢な少女,あなたを失いつらい あなたの名を残すために,私はこの詩を書く 命をむごたらしい死によって失い 魂は地面に押しつぶされる レイチェル,確かにあなたは勇敢だ 家を守るために,命を捧げたあなた その命をパレスチナに捧げ 出会うことの無かった,逝った友よ あなたの子どもに出会うことはできない 自由にために生まれ得なかった子ども 私の涙が枯れても,あなたの名前は消えない あなたの勇気が輝き,そしてその名誉も その名前は忘れ得ない さようなら,勇敢なレイチェル アンドリュー・ワット
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